妖怪ワールドに浸る 久しぶりの「ほっと一息」です。 あまり時間がなく、すべては見られませんでしたが、大人から子どもまでたっぷり妖怪ワールドに浸れるスポットで人気の理由も納得です。まずは、水木しげる記念館の前で記念撮影。商店街には妖怪グッズやおみやげ物が並んでいます。鬼太郎やねずみ男は等身大のブロンズ像があります。
水木しげる記念館の前で記念撮影
133体もの妖怪オブジェが迎えてくれます
おみやげ物
妖怪グッズ 鬼太郎の像はベンチになっており、錦織県議とともにパチリ。ねずみ男とは握手。これ以外にも大小さまざまなオブジェが並んでいますが、86体だったオブジェを100体にするために100万円のスポンサーを募集し、今は133体に増えています。
鬼太郎の像
ねずみ男の像 観光客が立ち止まり、楽しめる工夫がされています。たとえば、お店の前にあるスタンプ。ローカルラジオもやっていました。また、空店舗の前の路上には必ず、妖怪の看板がおいてあり、シャッターがしまっていても寂しい感じがしません。休日には、鬼太郎や目玉親父などの着ぐるみも登場して記念撮影で引っ張りだこになるそうです。
お店の前にあるスタンプ
妖怪の看板
妖怪の看板 さらに関心したのは米子から境港までのJR境線。妖怪列車として運行されており、「鬼太郎号」「ねずみ男号」など4台の列車のボディには妖怪の大きな絵が描かれています。下の写真は鬼太郎号。ボディだけのラッピングカーはよくありますが、車内にも鬼太郎の絵が描かれている徹底ぶりです。
鬼太郎号
車内にも鬼太郎の絵が描かれている徹底ぶり 各駅には妖怪の名前がつけられ、米子駅は「ねずみ男駅」で、売店にも名前が。ここでも妖怪グッズなど売っています。ホームには鬼太郎親子の像や記念写真のボードもありました。
ねずみ男駅
記念写真のボード
鬼太郎親子の像
ねずみ男売店 商店街や市民、行政が一体となって知恵を出し、楽しみながら盛り上げているのがよくわかりました。ぜひ、一度、いってみてください。 「ゲゲゲの鬼太郎」が始めてアニメ化されたのは1968年。私も子どものころはずいぶんと楽しみにしたものです。それから40年、私は50歳になりましたが鬼太郎は若いまま。幽霊族は歳をとらないのか、それとも妖怪といっしょだと歳をとらないのか……。 (2008年7月8日掲載) |
母への思いを語る〜母の日に寄せて昨年の春に初めて母が国会に来てくれた時のこと。おいしい魚をご馳走しようとしましたが、「実は、あまり好きでない」という返事でした。食卓にはいつも魚がありましたが、それは魚好きだった父のため。では、母の好物は何かと考えても思いつきませんでした。結婚後五十数年間、自分の好物を横に置き、ひたすら父や子どもに尽くしてきた母でした。 三人の子どもたちが成長し、安定した生活を得ることを望んでいた母。大学卒業前、「民青同盟の専従になる」と話した時に、「何でそんなことを」と泣き出す母を前にして、「いつかは理解してくれる」と思いつつ、母を悲しませることはつらいことでした。 母は戦争中に両親を亡くし、関東での都会から広島の田舎へと生活が急変しました。女学生になったときに広島に原爆が投下され、被爆者の看護をした母は被爆者手帳を取得しており、私は被爆二世となります。しかし、小さい時に母は私にその話をしませんでした。手帳を取得したのも姉たちが結婚してからのことでした。理由を聞くと「もしかして、娘の結婚に差し障りがあるかもしれないと思ったから」と話してくれました。 そんな母も少しずつ日本共産党と私の活動を理解してくれるようになりました。衆院選挙に立候補した時に、父と一緒に京都に応援に来てくれたのには感激しました。 父を二年半前に亡くし、田舎に一人暮らしの母は、今年から「しんぶん赤旗」の日刊紙を購読し、息子の活動振りを楽しみにしてくれています。お袋、ありがとう。がんばるよ。(赤旗 2007年5月12日付け) (2007年5月22日掲載) |
純情きらりNHK連続ドラマ、「純情きらり」の舞台である愛知県岡崎市に行く機会があり、「山長」のロケ地にもなった八丁味噌本社を訪ねました。
360年前に創業という老舗。その建物は国の指定文化財になっています。味噌蔵などが無料の見学コースとなっており、案内をしてもらいました。味噌蔵には沢山の木桶が並んでいます。そう、ドラマの中で何度も出てきた、あの光景です。ぷ〜んと味噌のいい香りが漂っています。八丁味噌は、大豆6トンの上に石3トンの重石をおき、約2年寝かせたもの。桶の上で山をなす重石は、矢作川の河原の転石。職人が、地震があっても崩れないほどしっかり積めるようになるまで、5年はかかるそうです。常温のまま寝かせ、桶一つでなんと30万人分の味噌汁ができます。
巨大な木桶の直径は2メートルもあります。八田ひろ子さんといっしょに手を伸ばしてみましたが、届きません。新しいもので昭和初期から、古いものは天保年間(1830〜44)から使い続けられています。
売店には味噌を使った様々な食べ物がありました。「八丁味噌アイスクリーム」というのがありましたが、ちょっと味が想像できません。写真は「岡崎八丁味噌ラガー」という発泡酒。いったいどんな味がするのか…。(2006年9月13日掲載) |
サッカー外交で優秀賞通常国会は十六日に事実上閉会。翌十七日に韓国中部の全州でひらかれた第七回日韓国会議員親善サッカー大会に穀田議員とともに参加しました。 一九九八年に初めて開かれたこの大会。韓国と日本が交互に会場になり、ほぼ毎年開かれてきましたが、この間、総理の靖国参拝問題をめぐって中断し、一年七ヶ月ぷりの開催となりました。私は二回目の出場。会場は全州のワールドカップスタジアムです。 七時半に羽田に集合し、空路二時間二十分、陸路三時間かけて全州へ。スタジアム入りは開会十分前という超強行軍でした。すぐに開会式が開かれ試合開始。日本からは超党派で十八人、韓国からは与野党二十五人の国会議員が参加。キャプテンの「共産党は専守防衛だから」という一声で、私と穀田さんはセンターバックで出場しました。 試合は終了直前に韓国に得点されて二対三で逆転負け。通算成績は日本の二勝四敗一分になりました。私は、この間のワールドカップ観戦でプレーのイメージはあるのですが、「体がついてこん」状態。それでも何度も転倒しながら守ったのが評価されたのか、閉会式の個人表彰で「優秀賞」をいただきました。 終了後、韓日議員連盟の文喜相会長主催による歓迎レセプションで交流。文会長は「平和と繁栄の東北アジア時代をともに切り開こう」と挨拶されました。サッカーは世界の共通語。これからもサッカー外交に参加していきます。(2006年6月25日付「京都民報」) |
猫のミルク総選挙の期間中に我が家に新しい家族が加わりました。猫のミルクです。 近くに捨てられていた三匹の子猫を娘が見つけ、最初は近所のお宅に引き取っていただきましたが、「どうしても飼いたい」という娘の願いに妻も根負けし、我が家で買うことになりました。真っ白い猫なので、娘が小さい頃におばあちゃんの家で飼っていた白猫と同じ、ミルクという名前を付けました。 以来、我が家は猫中心に回るようになりました。最初は何度か布団の上におねしょをして大騒ぎ。最近はちゃんと猫用のトイレでするようになり、少し安心ですが、今度はどんどん高いところに上がったり、たんすの隙間にもぐり込んだり。それでも、たまをとる仕草はかわいくて見飽きませんし、のんびり寝ている姿を見るとなんとも癒されます。 まだ生まれたばかりの子猫ですから、母猫のおっぱいを吸いたいころ。代わりに人間の指を「チュッ、チュッ」と吸います。私は手足の指先があったかいので、一番に気に入られているようで、寝る前には布団にもぐりこんできて、指を吸い始めそのまま寝てしまいます。ところが、朝起きると私のおなかの上に寝ていることがしょっちゅうです。どうやら一度、寝転んでおなかに乗せてなでてやったのが気に入ったようです。まだ子猫だからいいのですが、もっと重くなるとどうなることやら……。(2005年10月12日掲載) |
家族で田植え〜日本の農業を考える京都の新婦人と農民連の田植え交流会に五月二十九日、家族で参加。小学生のときに祖父の田植えを手伝って以来、三十数年ぶりに田植えをしました。 生産者と消費者の交流を深めようと毎年開かれてきた交流会。亀岡市の農民連京都産直センターに集合し、すぐに近くの田んぼへ。はだしの指の間を泥がにゅるにゅる通る感覚を味わうのは実に久しぶり。さわやかな風も心地よく、絶好の田植え日和です。 田んぼの真ん中に百人近くが二列に向かい合って並び、両端から渡されたロープにそって曲がらないように植えていきます。約一時間で終了。周りの田んぼとくらべると列がガタガタで、素人がやったのは一目瞭然ですが、思いのこもった田んぼ。秋の収穫が楽しみです。 田植えの後は青空市で食事。伊根の蒲入からの新鮮なお魚や地元の山菜など、実においしい。農作業の後ですから、なおさらです。 生産者と消費者の交流会も開かれ、安全でおいしい作物を届ける生産者からの苦労や消費者からの注文、質問など熱心な意見交換が行われました。 農民連の幹部の方から「生産者と消費者がこれほど熱心にやっていることを政府にもしっかり伝えてや」と声をかけられましたが、そのとおり。 BSE問題での新婦人の皆さんの寸劇もありました。政府が今、二十カ月以下の米国産牛肉を検査なしで輸入再開しようとしていますが、アメリカいいなりで国民の食の安全すらないがしろにする政治に子どもたちの未来を託すことはできないと訴えたもの。「アメリカいいなりやめよ」「日本の農業を守れ」とみんなでこぶしをあげました。(2005. 6. 10 記)
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漢字辞典小四になった娘の日曜参観に行きました。その日の授業は国語。漢字辞典の使い方を教わっていました。子ども達が興味を持てるように、先生はとても工夫をされていて、参観に来ていた親たちも楽しく、勉強になる授業でした。 お金は昔、なにでできていたか知ってる人! と問い掛けて、「貝」という答えが出てくると、「貝」という部首でできた漢字はお金に関係するものばかりだということを部首索引から辞典を引いて確認。クイズを楽しむ感覚で辞典の引き方や漢字の成り立ちの面白さを教えていました。 この授業で知ったのは「愛」という字の部首が「心」だということ。そういわれてみれば、愛は心ですよね。もう一つ、「土竜」と書いて「もぐら」と読むことは知っていましたが、その理由です。もぐらが土の下を掘った時に、土の表面に出てくる凹凸が竜の背中にように見えるからだそうです。授業を後ろで見ていた、親たちも「へー」「勉強になるね」と思わず、声を漏らしました。 政治の世界には独特の漢字辞典があり、部首の意味も違うのをご存知でしょうか? 例えば「糸偏」といえば、和装など繊維産業のこと。「糸偏の景気が、いつまでもよくならない」などといいます。もう一つは「三ずい」。これは「汚」の部首がさんずいであることから、「汚職」のことを言います。「最近、東京地検特捜部がさんずいで動いているようだ」などともいいます。 国語辞典も独特です。例えば、官僚が答弁で「慎重に検討してまいりたい」というのは、「やる気はありません」ということ。まあ、一番ひどいのは、掛け金は上限無く上がりつづけ、年金額も現役時代 50 %からどんどんさがるものを「百年安心」というのですから……。永田町言葉にはご用心。(2004. 5. 29 記) |
学童保育の卒会式娘も四月から小学四年生。三月二十七日には吉田学童保育の卒会式と卒会を祝う会がありました。子どもたちや保護者が八十人も参加。出し物あり、みんなでの歌あり、スピーチあり。心温まる集いでした。 あっという間の三年間でしたが、学童の行事に参加するたびに家庭では分らない子どもの成長ぶりが見えてくるのが楽しみでした。国会の会期中はほとんど遊んでやることもできない中、学童で育て、鍛えてもらいました。 今日は、恥ずかしがりやで「目立ちたくない」といっていた娘が、どんどん前に出ていくのにビックリしました。ハンドベルの演奏の後に、友達と一緒に「南京たますだれ」を披露。その後には、一人で新聞紙の間に水を入れる手品をやって、みごとに成功。「ほー」という声とともに大きな拍手を浴びて自慢げでした。 聞けば、自分から「手品をみんなの前でやりたい」と申し出たとのこと。自分に自信をつけつつあるようです。前の晩は十時半ごろに帰った私を相手に何度も、リハーサルをしてくれて、トホホでしたが……。 なんせ、「南京玉すだれ」など、親も、見たことはあっても、触ったことも無いようなものを娘に教えてくれるのですから、学童はすごい。 最後に一家族ずつ、ごあいさつ。心から「ありがとうございました」とお礼をいいました。(2004. 3. 28 記) |
娘と裏技国会が始まると、自宅で家族とともに夕食をとるのは月にニ、三回になってしまいます。工作がすきな娘は、夜遅く帰宅しても、学校や学童で作ったものを色々見せてくれます。 そんな娘の大好きなテレビ番組の一つが「伊東家の食卓」。妻に必ずメモ用紙の用意を頼み、おもしろい「裏技」があると「お母さん、書いて、書いて」とメモをさせます。こういうのはメモするだけで、実際にはやらないことが多いのですが、必ずやってみるのが娘らしいところです。 今週の実演は「自家製トング」(写真)。コンビニ弁当などについているスプーンを洗濯バサミにセロテープでつけて、あっという間に出来上がり。日曜朝の我が家の食卓でサラダ用に使ってみましたが、なかなかのものです。「うまく作ったね〜」というと、自慢げにニッコリ。みなさんもぜひ一度作ってみてください。 なんでも興味を持って、自分でやってみる。この気持ちを持ちつづけて育ってほしいものです。 |
水泳で心も体もリフレッシュ健康のための水泳を始めたは十五年位前のこと。もっとも、大きな選挙が近づいたり、仕事が忙しくなると長期にわたって中断することがしばしばでした。 しかし、ここ数年は自宅の近くに夜十一時まで営業しているプールの会員になり、夜の集会の帰りに寄るなど、週一回のペースで泳ぐことは生活の一部になってきました。 しかし、当選してからはそこにも行くことができなくなり、いささかストレスがたまり、ついでにおなかに脂肪もたまってきました。「これではいけない」と五月の連休開けぐらいから、無理をしてでも時間を確保するようにしています。 この夏は議員会館の裏にあるプールを大いに利用しています。防火用水兼用で作られたプールで、七月の初めから二ヶ月間、議員や秘書、職員とその家族などが使えます。仕事の合間や、会議も終わった夕方などにさっと行ってひと泳ぎします。 大体、クロールで一キロ泳ぐことにしています。水中ジョギングのようなもので、二十三〜四分かけてゆっくりと泳ぎます。その間、聞こえてくるのは「パシャ、パシャ」という音だけ。何も考えずにひたすら泳ぐと、心も体もリフレッシュ。「さあ、がんばろう」と気持ちも改まります。 京都のプールに行くと、妊婦やお年寄りを含めて、自分のペースで泳ぐ人、水中を歩く人などで一杯。水中エアロビクスもいつもにぎわっています。皆さんもプールで健康づくり、どうですか。(02/08/27 掲載) |
▼これ以前の「ホッとひといき」





















