国会質問議事録

ホーム の中の 国会質問議事録 の中の 2014年・186通常国会 の中の 外交防衛委員会

外交防衛委員会

○井上哲士君 日本共産党の井上哲士です。  まず、昨日の米軍厚木基地の騒音損害訴訟の判決についてお聞きいたします。  横浜地裁は、全国の基地騒音訴訟では初めて自衛隊機の夜間飛行差止めを命ずる画期的な判決を下しました。周辺住民が受けている被害は健康又は生活環境に関わる重要な利益の侵害だと指摘し、当然に受忍しなければならないような軽度の被害とは言えないと、こういうふうに断じたわけであります。  先ほど判決内容やこれまでの大臣の現場での経験については御答弁ありましたが、私はこれは重く受け止めて控訴はしないようにすべきだと考えますが、いかがでしょうか。

○国務大臣(防衛大臣 小野寺五典君) 判決の内容については委員の方からお話があったと思います。  先ほど他の委員にもお答えをしましたが、私は、大臣着任後の二十五年一月に厚木基地周辺住宅を訪れ、地元の市長との面談、住宅防音工事の視察、そしてまた地元住民の方との懇談などをさせていただきました。いずれにしても、生活環境の整備等に一層努力をしてまいりたいと思っております。  ただ、今回の判決におきましては、飛行差止め及び損害賠償に係る国側の主張について裁判所の理解が得られず、大変厳しい判断が示されたものと受け止めております。  防衛省としましては、厚木基地においてP3Cによる周辺海域の警戒監視やUS2による海難救助、急患輸送を実施しており、国民の生命を守り、国の安全を保つために必要な任務飛行、訓練飛行を行っております。  今回の判決で、これら自衛隊機の運航を一部差し止めるなど、防衛省にとって受け入れ難い内容を含む判決であり、今後の対応については、判決内容を慎重に検討し、関係機関と十分調整の上、適切に対応してまいりたいと思っております。

○井上哲士君 現場に行かれているわけですから、騒音のひどさというのは十分に御承知だと思うんですね。この騒音の大半を占めるのは米軍機の騒音ですが、原告はこの飛行差止めも求めておりましたけれども、判決は、米軍については国の支配が及ばない第三者として認めませんでした。  住民にとっては音に国籍はないんですね。同じように受忍し難い騒音なわけでありますが、にもかかわらず、米軍機の騒音については止められないと。私は、これはおかしいと思うんですね。  防衛省、適切に対応するというのであれば、こういう被害、騒音をなくすために米軍機の飛行中止を求めると同時に、国内で現に目の前に被害がある、そのことを認めながらも司法が及ばない、こういう地位協定も見直すと、そういうことをやることこそが私は求められると思いますが、防衛大臣、いかがでしょうか。

○国務大臣(小野寺五典君) 特に厚木飛行場におきましては、米軍の空母艦載機が先日も着陸している状況を私、現地で見させていただきました。そういう中で、今これは岩国市、その周辺の住民の皆さんの御理解をいただいて空母艦載機の岩国への移駐ということを、これは進める方向で様々な事業を行っております。  いずれにしても、私どもとしては、厚木飛行場周辺の皆様の負担の軽減のためにも今後とも努力をしていきたいと思ってはおります。

○井上哲士君 騒音のたらい回しでは解決しませんし、現に被害に司法が及ばないと、この現実を正すことこそが私は求められているということを重ねて強調したいと思います。  その上で、集団的自衛権に関わってお聞きをいたします。  安保法制懇の報告を受けて、十五日に総理が集団的自衛権行使容認へと与党協議を進める方向での会見をされました。この会見で総理は、命を守るということをある報道では二十一回繰り返したということであります。そして、命を守るために何もしなくていいのかとパネルも掲げて語られました。  しかし、かつてアジアと日本の多くの人々の命を奪った、その痛苦の反省から作られたのが今の憲法九条なんですね。何もしなくてもいいどころか、命を守るために二度と海外で武力の行使はしない、そして国際紛争は平和的外交で解決するんだと、こういう方向を打ち出して、戦後、日本の国は憲法の下で歩んできたわけでありまして、ところが、安保法制懇の報告も、総理の先日の会見も、言わば軍事的対応ばかりを論じて外交が何一つ出てきませんでした。  命を守ると言うならば、今の憲法九条の立場での外交力をうんと強めると、平和外交の道こそ進むべきだと思いますが、外務大臣、いかがでしょうか。

○国務大臣(外務大臣 岸田文雄君) 戦後六十九年、我が国は、自由、民主主義、法の支配といった基本的な価値観を大事にしながら平和国家として歩んできました。六十九年、国際社会の平和と安定のためにしっかり貢献してきたとも自負をしています。こうした我が国の平和国家としての歩み、これはこれからも全く変わることはありません。  そして、その中にあって、政府としまして、国民の生命、暮らしを守る、これは大変重要な責務であります。我が国を取り巻く安全保障環境、大変厳しきものがあります。また、サイバー、宇宙を始めとする新しい国境を容易に越える脅威も登場してきています。今や一国のみでは自らの国を守ることができない、これはもう国際的に共通の考え方となっています。  こういった中にあって、我が国としましては、国民の生命、暮らしを守るためにはどうあるべきなのか、この法的基盤についてどうあるべきなのか、これを今議論しているところであります。平和国家としての歩みは全くこれからも変わりませんが、厳しい安全保障環境の中にあって国民の生命、暮らしを守るために政府として何をやるべきなのか、こういった検討についてはこれからも不断の検討を続けていかなければならない、このように考えています。

○井上哲士君 午前中の議論でもありました。およそ想定し難いような例を挙げて命守らなくてもいいのかと、こう言って国民を脅し付けるかのような物言いがあった。一方で、総理は、ほかの場所では血を流す同盟ということも言われてきたわけですね。  国民にとってやっぱりリアリティーがあるのは、この集団的自衛権行使によって、海外の戦争によって殺し殺されるということがあり得るということですね。アメリカの集団的自衛権として行われたあのアフガニスタンの戦争では、現に派遣国でそういうことが起きたと。そういうことを語らずに、想定し難い例を挙げてこれでいいのかと。国のありようを変えるようなこういう議論の在り方は、私はおかしいと思いますが、大臣、いかがでしょうか。

○国務大臣(岸田文雄君) 総理の会見においておよそ想定できないような例を挙げてという御指摘もありましたが、例えば邦人を米国の艦船によって輸送するという例を総理は挙げさせていただきましたが、こういった例につきましても、かつてリビアにおける情勢悪化におきまして、二〇一一年二月のことでありますが、実際に現地から米国の艦船あるいはスペイン派遣の軍用機で邦人が移動したという実例も存在いたします。  こういった先例も考えますときに、この総理の取り上げた例、決して非現実的な例ではないわけでありますし、こういった具体的な例を挙げながら、我が国として対応する必要がないのか、政府として検討する必要がないのか、こういったことを国民の皆様方にも訴えさせていただいたと認識をしています。  いずれにしましても、今政府としましては、与党の協議をしっかり見守り、そして政府・与党としての結論を出すべく議論を進めております。是非、具体的な例を挙げながら、国民の皆様方にもしっかり分かりやすい議論を丁寧に進めていきたいと考えております。

○井上哲士君 最もリアリティーのある殺し殺される事態になるということについては、何も総理は語っていないわけですね。しかし、多くの国民は今大変な不安の声を上げております。  そういう中で、この間、総理は、いわゆる限定容認ということを言われております。十五日の会見で、この安保法制懇報告の、我が国の安全に重大な影響を及ぼす可能性があるとき、限定的に集団的自衛権を行使することは許されるとの考え方について、自国の平和と安全を維持し、その存立を全うするための必要最小限度の武力の行使は許容されるという従来の政府の基本的な立場を踏まえた考え方だと総理は述べました。  そこで、この問題について聞くんですが、総理が幹事長時代の二〇〇四年の一月のこれは衆議院の予算委員会で、自衛権行使が必要最小限度の範囲にとどまるというのは数量的概念ではないか、だとすれば、論理的にはこの範囲に含まれる集団的自衛権があるのではないかと、こういう質問をされておりますが、これについて政府は当時どういうふうに答弁をしているでしょうか。

○政府特別補佐人(内閣法制局長官 横畠裕介君) 平成十六年一月二十六日の衆議院予算委員会における当時の秋山内閣法制局長官が行った答弁は以下のとおりでございます。  お尋ねの集団的自衛権と申しますのは、先ほど述べましたように、我が国に対する武力攻撃が発生していないにもかかわらず外国のために実力を行使するものでありまして、ただいま申し上げました自衛権行使の第一要件、すなわち、我が国に対する武力攻撃が発生したことを満たしていないものでございます。  したがいまして、従来、集団的自衛権について、自衛のための必要最小限度の範囲を超えるものという説明をしている局面がございますが、それはこの第一要件を満たしていないという趣旨で申し上げているものでございまして、お尋ねのような意味で、数量的な概念として申し上げているものではございません。

○井上哲士君 安倍総理の問いに対して、数量的な概念ではないんだという明確な答弁がされております。ところが、安倍総理は昨年五月八日の参議院の予算委員会で、昭和五十六年当時の国会答弁に触れながら、集団的自衛権について、この答弁の際にも、絶対概念ではなくて量的概念として必要最小限を超えるという判断をしているわけでございますと、こういうふうに述べているわけですね。  先ほど御紹介があった二〇〇四年の政府答弁で明確に否定しているにもかかわらず、量的概念が政府の立場かのような答弁をされているわけでありますが、政府の立場は途中でどこか変わっているんでしょうか。

○政府特別補佐人(横畠裕介君) 御指摘の期間におきまして、集団的自衛権の行使、憲法第九条の下で許される武力の行使の範囲に関する政府の解釈が変わったということはないと承知しております。

○井上哲士君 そうしますと、昨年のこの答弁で、安倍総理が、当時、昭和五十六年当時から量的概念として判断しているというこの答弁は事実と違うということでよろしいですか。

○政府特別補佐人(横畠裕介君) 御指摘のそれぞれ答弁における、数量的な概念あるいは量的概念という言葉がそれぞれの答弁においてどのような意味で用いられているのか、それによることから、必ずしも単純に比較することは難しいものと考えております。

○井上哲士君 数量的概念と量的概念がどこが違うのか、同じ言葉で使っているわけです。つまり、そもそも第一要件を満たしていないと、そういう絶対概念ではないということを総理はこの間のことで言って、否定されてももう一回昨年言われているわけですよ。つまり、自衛のための必要最小限度が絶対概念でなくて量的概念だと、これまでの政府の基本的立場を逆さまに理解をされているのか、分かった上で言われているのか、よく分かりません。  いずれにしても、その上で、十五日の記者会見で、限定的に集団的自衛権を行使することは許されるという考え方が従来の政府の基本的な立場を踏まえた考え方と述べておられますが、必要最小限度というのは量的概念だと、こういう間違った前提に基づいて限定容認をすると、これは、私はこういう議論は成り立たないと思いますが、外務大臣、いかがお考えでしょうか。

○国務大臣(岸田文雄君) 五月十五日、まず安保法制懇の報告書において、我が国の安全に重大な影響を及ぼす可能性があるときという限定的な場合に集団的自衛権を行使することが許されるという考え方、これ、報告書の中ではまずそれが示されました。これは憲法前文及び十三条の趣旨を踏まえれば、自国の平和と安全を維持し、その存立を全うするために必要な自衛の措置は禁じておらず、そのための必要最低限の武力の行使は許容されるとの従来の政府の解釈を踏まえた考えであり、総理が述べたとおり、この考えで研究を進めることとされた次第であります。  現時点ではまだ何も決まっていないわけですから、是非、この総理の基本的方向性に基づいて、与党と十分協議し、そしてその上でこれから政府としての対応が検討されるものであると認識をしております。

○井上哲士君 必要最小限度は量的概念でないと、我が国に対する急迫不正の侵害がないという、この要件を欠いているから集団的自衛権を行使できないと。つまり、集団的自衛権行使と必要最小限度というのはおよそ両立しない矛盾したことであるにもかかわらず、何か従来の政府の基本的立場を踏まえた考え方として研究にも値するかのようなことを言うこと自身が私はおかしいと思うんですね。そして、限定容認といいますけれども、果たして限定になるのかと。  北岡座長代理は、集団的自衛権行使の歯止めとして四月十日の時事通信のインタビューで六点を挙げておりまして、その内容が報告書にも盛り込まれております。お手元に資料で配りましたけれども、その中に、我が国と密接な関係にある外国に対し武力攻撃があること、攻撃を受けた国からの明示の要請又は同意があること、第三国の領域を通過する場合、当該国の同意を得ることということがありますけれども、これいずれも国際法上の当たり前の一般ルールだと思うんですけれども、外務大臣、そういうことでよろしいでしょうか。

○政府参考人(外務省国際法局 局長 石井正文君) 事実関係に関わる問題でございますので、私の方からちょっと答えさせていただきます。  委員御指摘のとおり、一般国際法上、ある国家が集団的自衛権を行使するための要件は、武力攻撃を受けた国の要請又は同意があること、ほかに適当な手段がないこと、必要最小限度の実力の行使であることというふうに一般的に考えられております。  その上で、御指摘のうち、先ほどおっしゃった六要件でございますが、我が国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃が行われること及びその国の明示の要請又は同意があることについては、このような一般国際法上の要件のことを指摘したと理解しております。  また、第三国の領域を通過する場合にはその国の同意を得ることにつきましても、一般国際法上、第三国の領域内で活動を行うためには一般に領域権との関係で当該第三国の同意を得ることが必要であることに加えまして、部隊の任務を円滑に遂行するためには当該第三国の同意を得ることが望ましいという考え方を示したものだというふうに理解しております。

○井上哲士君 つまり、たくさん要件を挙げていかにも厳しい歯止めを掛けたような印象を与えますが、国際法上の当たり前のルールを言っているにすぎないわけですね。他の要件を見ますと、日本の安全に重大な影響を及ぼす可能性がある場合、事前又は事後に国会の承認を受ける、それから政府が総合的に判断をすると、こういうことがあるわけですが、この日本の安全に重大な影響を及ぼす可能性がある場合というのはどういうことを指しているんでしょうか。

○政府参考人(内閣審議官 防衛省審議官 武藤義哉君) 五月十五日に提出されました安保法制懇の報告書において、我が国の安全に重大な影響を及ぼす可能性があるとき、限定的に集団的自衛権を行使することは許されるという考え方が示されまして、これは憲法前文、憲法十三条の趣旨を踏まえれば、自国の平和と安全を維持し、その存立を全うするために必要な自衛の措置は禁じられておらず、そのための必要最小限度の武力の行使は許容されるとの従来の政府の解釈を踏まえた考え方であり、政府としては、この考え方について更に研究を進めるということにしてございます。  他方、報告書にある我が国の安全に重大な影響を及ぼす可能性があるとの記述そのものの具体的な意味、あるいはこれに該当する事例について、これまで政府としてまだ検討を行っているわけではございません。  いずれにしても、今後、政府・与党において具体的な事例に即して更なる検討を深めることになりますけれども、どのような事例を検討していくかも含めて今後与党と調整していくこととしてございます。

○井上哲士君 まだどういうものかさっぱり分からないという話でありますが、具体的にじゃ聞きましょう。  例えば、アメリカはテロに対する自衛戦争としてアフガン戦争を行って、NATOは集団的自衛権の行使で参加をいたしましたが、ああいうアフガンの事態というのはこの日本の安全に重大な影響を及ぼす可能性がある事態と言えるんでしょうか。外務省、お答えいただけますか。

○政府参考人(外務省総合外交政策局審議官 新美潤君) 今御議論いただいております安保法制懇の報告書におきまして、我が国の安全に重大な影響を及ぼすという可能性があるときという限定的な場合に集団的自衛権を行使すると、許されるという考え方が示されてございますけれども、繰り返しで恐縮でございますが、この意味、内容については今後与党と協議をしていくということでございます。  したがって、今御指摘がありましたような事態について、それがこれに該当するかということは現時点ではお答えできないということでございます。

○井上哲士君 もう極めて広くて不確定で、しかも可能性があればよいというわけですから、全く時の政権の恣意的な判断となるわけですね。  国会承認も挙げられておりますけれども、政府は国会の多数派が握っているわけでありますから、およそ縛りにならないと。つまり、いかに、幾ら国会で多数を占めていても、これをやってはいけないという憲法の縛りがあったと、それを解いてしまうというのがこの行使容認となるわけですね。  何をもって判断をするのかと。これも報告書にある五つをそこに挙げておきましたが、この総理が総合的に判断する諸点の五つというのは、これ全てを満たす必要があるという趣旨なんでしょうか。

○政府参考人(武藤義哉君) 安保法制懇の報告書では、集団的自衛権を行使することができる場合に該当するかについて、我が国への直接攻撃に結び付く蓋然性が高いか、日米同盟の信頼が著しく傷つきその抑止力が大きく損なわれるか、国際秩序そのものが大きく揺らぎ得るか、国民の生命や権利が著しく害されるか、その他我が国への深刻な影響が及び得るかといった諸点を政府が総合的に勘案しつつ、責任を持って判断すべきであるとしてございます。  報告書では以上の五点全てを満たした場合にのみ集団的自衛権を行使できるという記述はございませんで、これらを政府が総合的に勘案しつつ、責任を持って判断すべきであるというふうに記述をしているところでございます。

○井上哲士君 全てを満たす必要がないということですが、それじゃ、この今述べられました五つのうちの一つが日米同盟の信頼が著しく傷つきその抑止力が大きく損なわれ得るかということでありますが、外務大臣にお聞きしますけれども、日本はこれまでアメリカがやった海外での武力行使に反対をした例があるでしょうか、あれば具体的に示していただきたいと思います。

○国務大臣(岸田文雄君) 一般的に、我が国として、他国の第三国に対する武力行使に対する評価、これは個々の事案に応じて総合的に判断してきております。  過去に米国が武力行使を行った事態に際して、我が国として遺憾の意を表明した例というのは存在いたします。例えば、一九八三年、米国によるグラナダ派兵が行われた際、あるいはパナマの軍事介入の際、これは一九八九年ですが、こういった際に我が国としましては遺憾の意を表明している、こういった前例がございます。

○井上哲士君 グラナダ、パナマというのは本当に典型的な軍事侵略な行動でありました。しかしながら、イラクにしてもアフガニスタンにしても、いろんな形で自衛隊の派遣ということが行われました。イラクに至っては、国民世論も、そして世界中も、更に査察しろという世論の中でもああいうことになったわけですね。  結局、この日米同盟の信頼が著しく傷つくということになれば、こうした要請に対して果たして日本がノーと言えるのか。これまでは、九条がある、それによって武力行使をできないということを言ってきたわけでありますが、それがなくなったときに、結局、一緒に海外で武力を行使する、そういう国になってしまうんじゃないですか。

○国務大臣(岸田文雄君) 我が国の安全保障、そして我が国の国民の生命、暮らしをどう守るのか、これは我が国自身の問題だと認識をしております。我が国としてどう考え、そしてどう対応するのか、これを我が国自身がしっかりと考えていかなければならない問題であると思っています。  今、安保法制懇の報告書が出され、それを受けて政府・与党として安全保障の法的基盤について議論を行い、これから政府の方針を出すわけでありますが、この方針が出た後も引き続き国会において議論が行われ、そしてその議論に基づいて必要であれば具体的な法律が国会に提出をされ様々な議論が行われる。そして、この法律に基づいて政府が行動したとしても、これはしっかりと国会の議論に供されなければならないわけであります。こうした様々な段階、歯止めを通じて、我が国としてどうあるべきなのか、これを我が国自身の責任でしっかりと考えていかなければならない、この今議論されている課題についてはそのように考えます。

○井上哲士君 イラク派兵でも秘密保護法でも、国民多数の声に反して数を頼んで強行してきたと、こういうことを見たときに、やっぱり憲法による権力に対する縛りをなくしてしまえば結局何の歯止めにもならないということを最後もう一回指摘をいたしまして、質問を終わります。

 

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