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井上哲士ONLINE
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2006年11月22日(水)

教育基本法に関する特別委員会
「教育基本法案」について(対総理)

  • 教育基本法にある「人格の形成」という目標の重要性について総理の認識と確認した後、教育現場では逆行する実態があることを指摘する。

井上哲士君

 日本共産党の井上哲士です。

 まず、衆議院で与党の単独での採決が強行された、その上で送付されたことを厳しく批判をしたい。与党は審議が尽くされたと言いますけれども、国民は納得をしておりません。どの世論調査でも今度の国会で急いでやるべきじゃないというのが多数であります。

 法律家の団体である日本弁護士会連合会も、全国五十二の弁護士会のうち三十五を超える弁護士会が反対を表明をしております。東大が全国の小中学校、公立の校長先生で行ったアンケートでも六六%が改定に反対と言っておりますし、日本教育学会の歴代四代の会長も反対の表明をされております。

 世論の多数は拙速な成立になぜ反対をしているのか。それは、一体なぜ改定をする必要があるのか、そして現に起きている様々な問題が本当に解決をするのかと、このことに疑問を抱いているからだと思います。

 そこで総理に聞きますけれども、現に起きているこのいじめの問題、未履修の問題など、現在学校で起きている問題がこの教育基本法の改定によって解決するとお考えなんでしょうか。

内閣総理大臣(安倍晋三君)

 この教育基本法は、正に教育の理念、そして原則を定める法律、基本法でございますから、この法律が直ちにいじめに対応できる、いじめがなくなることにつながるというものではございません。しかし、この理念、原則に盛り込まれた条文、考え方、そうしたものはいじめをなくしていく上で私は必要だろうと、このように考えております。

 例えば、いじめたい、いじめよう、そういう気持ちを自ら抑えるためには自律の精神が、自らを律する精神が大切であります。そして、やはりみんなで社会に参画をしていこう、みんなで社会を構成しているんだという気持ちを養っていくことも大切だろう。また、その中でいじめを止めなければならないという意思も生まれてくるかもしれないわけでございまして、また道徳について教えていくことも大切でしょう。いじめは恥ずかしいことであるということを教えていくことにもつながります。もちろん、現在でもそれは教えていくことはできるわけでありますが、そうしたことをしっかりと私は書き込んでいる。

 あるいはまた、第一義的にはやはり家庭がこの教育においては責任を持っている、そしてまた、家庭だけではなくて、家庭や地域や教育委員会あるいは学校が連携をして対応していくことの大切さにも教育基本法のこの改正案には触れられているわけでございまして、そうした基本的な理念、考え方をこの新しい時代にふさわしいものに変えていくことによってさらに具体的にいじめに対応していく、またいかなければならないと考えております。

井上哲士君

 直ちに解決にはつながらないということは認められました。そして、理念、原則を示すんだと言われました。しかし、私は現行法に十分にそれは示されていると思うんですね。第一条には、現行法ではこう書いてあります。教育は、人格の完成を目指し、平和的な国家及び社会の形成者として、真理と正義を愛し、個人の価値を尊び、勤労と責任を重んじ、自主的精神に満ちた心身ともに健康な国民の育成を期して行わなければならないと。

 先ほど、この人格の完成という目標は普遍的なものだと、こう大臣もおっしゃいました。私は、現に起きている問題を解決するときに、ここで今、現行一条で示されているこの教育の目的、これは非常に大事だと思いますけれども、総理も同じお考えでしょうか。

内閣総理大臣(安倍晋三君)

 教育の目的は、家族、地域、国、そして命を大切にする豊かな人間性と創造性を備えた規律ある人間を育成することであります。これは、ひいては品格ある国家、社会をつくることにつながると考えています。このことは、教育基本法に則して言えば、第一条にあるように、各個人のあらゆる能力を可能な限り調和的に発展させ、同時に国家や社会を形成する国民を育成することであり、同法はその趣旨を明らかにしていると、この我々の改正案も明らかにしていると、このように思います。

 一方、戦後六十年が経過し、社会が豊かになっていく中で、地域社会の変質や情報のはんらんなど、我が国の社会や学校、家庭の姿など、教育をめぐる状況が大きく変化をしてきております。このような中で、道徳心、自らを律する精神、公共の精神、国際社会の平和と発展への貢献などについて、今まで以上に教育の基本として重視することが求められていると、こう考えておりまして、このため、この教育基本法を改正し、現行に規定されている普遍的な理念は引き続き規定する、まあ先ほどの人格のこれは完成がそうであります。先ほど申し上げましたのは、現行法にも書いてありますが、我々の改正案にも書いてあるわけでありまして、国民の共通理解を図りながら、新しい時代の理念を明確に提示をして国民の共通理解を図りつつ、社会全体による教育改革を着実に進めようとするものでございます。

井上哲士君

 人格の完成が普遍的なものだということは言われました。これをどうやって実現をするのか。一人一人の成長というのは様々でありまして、テストの点数だけで測られるものではありません。計算は遅いけれどもじっくり深く考えるのが得意という子供もいるし、論理立って考えるのはちょっと苦手だけれども、だれも思い付かないような発想をするという子供もいます。テストの点数はもう一つでも、今日より明日、今年より来年と努力するということはだれにも負けないという子供もいる。

 そういう子供たちの個性を生かしつつ、基本的な学力を保障をしていく。そして、そのための教育条件を整備をして、自然と社会の仕組みを考えさせる知育、市民道徳、豊かな情操、そして体力、こういうものを学校教育の中心に据えるということが必要だと思うんですね。

 ところが、現実はこれと逆行することが様々起きております。今日朝から議論になっています高校の未履修問題、大学の受験に関係ない科目は履修しなかったと、こういう問題ですね。正に予備校化をしているという事態がありますが、じゃなぜこういう未履修の問題が起きたと総理はお考えでしょうか。

内閣総理大臣(安倍晋三君)

 この未履修の問題においては、言わば必修科目が大学の入試科目になっていないという中において、そういうケースにおいて、より受験勉強のための科目に集中させようと、そして言わばそういうなるべくいい大学により多くの子を進学させると、その結果、高校のその学校の名声を高めようということが基本的な動機かもしれません。

 しかし、もちろんそれはあってはならないわけでありまして、学習指導要領どおり、これはルールですから、ルールにのっとって子供たちに履修をさせるという義務が学校長にはあるわけでありますが、学校においてそういう守るべきルール、本来、学校において、そういう規範意識を教えなければならない学校においてそういうことが行われたということは誠に残念でございます。つまり、学校においては正にそうした規範意識についてもう一度再確認する、教育の崇高な使命についてもう一度再確認しなければならない。

 また、予備校化しているという指摘もございます。やはり高校には高校段階で達成すべきこれは言わば人格の形成もあるでしょうし、備えるべき知識や教養、それをやはり重視するべきではないかと思います。

井上哲士君

 いろいろ言われました。

 じゃ基本法を変えたらどうなるんだろうか。この改定後に進められる教育振興計画のトップには全国一斉学力テストがあります。総理は学校選択制の全国的展開も併せて主張をされているわけですが、既にこの学力テストと学校選択制が併せて行われている自治体で一体どういうことが起きているのかと。

 要するに、学校同士の点数競争が激しくなって、例えば点数を上げるために過去の問題を何回も何回もやらせるとか、そのためにできない子は学校に来づらい雰囲気をつくられている。実際に自分が学校の平均点を下げることを苦にして休む子もいると、こういうことが起きています。

 衆議院でもこれをお聞きしたときに、総理はゆとり教育でカリキュラムが薄くなり過ぎたという声もあるという、言わば違うことを答えられましたが、そういう学校間のテストの点数教育でこういうゆがみが起きているという事態についてはどうお考えか、お願いします。総理、総理の答弁ですから。

国務大臣(伊吹文明君)

 まず私の考えを述べてから総理からお答えがあると思いますが、これは先生、全国の学力テストというのは、文科省の実施する学力テストというのは習熟度がどこまでかということを確認するためにやっているわけでして、これを公表する、しないは、それは各学校、自治体の自由ですけれども、それによって学校の格付をするという気持ちは、私たちはありません。

 ただ問題は、先ほど来も議論が出ておりますが、進学率が高いから補助金を増やすとか、そういうことは私はやっぱり余り感心しないと。競争はやっぱり学校間でしてもらわなければいけないんですよ。競争という言葉はいろいろな意味がありますが、国民の税金を使ってやっているわけですから、競争という言葉はともかく、国民の税金を効率的に使うということだけはやっぱりこれは避けて通れないんですね。そのことと進学率によって補助金を分けるなどということは、私はちょっと別の観点からやっぱり深く考えるべきだと思います。

井上哲士君

 しかし、現実には学校間のテストの競争があり、その中で予算の配分さえ変えようというような自治体が現れているわけですね。


資料:画像をクリックで拡大表示されます。

 しかも、それだけじゃないんですね。今、もうテストに追われまして、例えば運動会などの特別活動が廃止、縮小されるという事態が起きております。こうした活動というのは、子供たちにとって大きな成長の場であって、私は人格の形成にとって欠かすことができないと思います。(資料提示)

 これは、東京で学力テストと学校選択制が取られているある区の例でありますけれども、例えば遠足、文化祭などがそれぞれで廃止、縮小されている例があります。それから自然教育、いわゆる林間学校ですね、二泊三日、これが廃止されているところもあります。音楽鑑賞が廃止されているところもある。それから、運動会など、これ準備時間を減らすために秋から春に変えている。そして、ここでできた時間が一斉学力テストのための補習授業に使われているということがあるんですね。

 私は、こういう遠足、文化祭、自然教育、人格形成にとって本当に欠かすことができないものだと思うんですが、これが現に削られて、学校間の点数競争に使われているところが現にあるという実態、これが全国に広がるということを総理は好ましいとお考えなのかどうか、総理のお考えを聞きたいと思います。

内閣総理大臣(安倍晋三君)

 私は、そういう実態については現在承知はしておりませんが、遠足や文化祭やあるいは林間学校等は本当にいい思い出になるわけでありますし、それはそれで本当に大切な私は教育の機会だろうと、このように思います。

 そういう意味におきましては、この学力テストの補習のためにそういうものがなくなるということは私は決していいことではないと、このように思っておりますが、しかし、この学力テストというのは、習熟度の現状について調査をして、むしろ子供たちの学力の向上に資するための資料に使う。ある学校においてこの習熟度が低いということであれば、その習熟度を上げるべく努力をしていくということは当然私は必要なのではないかと、このように思います。

井上哲士君

 答弁されますけれども、実際にはそういうあるべきでないことが現に先行的に自治体で行われているわけですね。私は、これが全国的に行われますと、例えば、今未履修の問題というのは義務教育段階でも発覚をしております。長野などの五府県十九校で未履修があったと。香川などでは入試に不要な教科の時間を削減したと、こういうお話もあるわけで、やっぱりこういうことが起きていることを考えるならば、やっぱりこういう教育の問題をもたらすような形での競争をあおるような改定ではなくて、これはもう廃案にして、現行教育基本法をしっかり生かす、このことが必要だと申し上げまして、質問を終わります。


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