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【『人権と部落問題』二月号】
国会審議で浮き彫りになった
人権擁護法案の問題点


 昨年の通常国会に提出された人権擁護法案は、臨時国会で再び継続審議となりました。本稿では、国会の審議で、いっそう明らかになった本法案の重大な問題点と、廃案にむけた通常国会でのたたかいについてのべます。

三回目の国会へ――法案提出以来の経過

 通例、法案は衆議院で先に審議し参議院に送られますが、人権擁護法案は参議院先議となりました。しかし、昨年の通常国会では、四月二十四日の参院本会議での趣旨説明と質問の後、人権擁護団体やメディアなどの批判の声がいっそう高まるなかで、野党は一致して審議入りに反対し、委員会での実質審議に一度も入らないまま継続審議になるという異例の終わり方になりました。

 法務省や与党はその後、次の臨時国会で成立させるために様々な水面下の動きを進めてきました。メディア規制の部分の凍結と、一定期間後の法全体の見直し規定を盛り込んだ修正を行い、臨時国会で成立をはかるという報道もされ、審議日程の確保のために、臨時国会に提出を予定していた他の法案を先送りするなど、なんとしても成立させるという構えでした。

 しかしその思惑通りに審議は進みません。法務委員会における十一月七日の政府質疑と十二日の参考人質疑という、わずか二回の審議の中で法案の重大な問題点が浮き彫りになり、マスコミも「答弁に説得力無し」(「毎日」)と書くほどでした。その結果、それ以降の審議に入れないまま、臨時国会は終了。同法案は継続審議となり、三回目の国会を迎えることになりました。

法案の問題点を衝撃的に明らかにした名古屋刑務所問題

 臨時国会で成立という政府の思惑を打ち砕いたのが名古屋刑務所における刑務官による受刑者に対する集団暴行事件の発覚です。刑務官が受刑者に集団で暴行を加え、革手錠をはめて保護房に収容し、五月には死亡させ、九月には重傷を負わせたという驚くべき事件で、関係する五人の刑務官が逮捕・起訴されています。

 事件発覚後、私もこの皮手錠をはめてみる機会がありましたが、手錠と一体となった腰ベルトをきつく締められると息がつまり、人間としての尊厳を奪われる思いがしました。九月の事件では、集団で受刑者をうつぶせにし、悲鳴をあげるほど腰ベルトを締め上げて、内出血で病院で手術をするような重傷を負わせたのです。まさに、拷問具です。

 さらに、このような人権侵害を起こしながら、九月の事件が発覚するまで、五月の死亡事件を公表しなかったという法務省の隠蔽体質も浮き彫りになりました。この事件を受け、新聞各紙も社説を掲げて「人権救済機関を法務省にゆだねるわけにはいかない」(「朝日」社説)と批判。法務省の外局として人権委員会を設置するという法案への批判は一気に高まりました。

 参考人質疑でも、この問題について厳しい指摘が相次ぎました。その中で、日弁連の国内人権機関に関するワーキンググループ座長・藤原精吾氏は、九月の事件の場合、受刑者が弁護士会に人権救済の申立てをしており、刑務官がその取り下げを迫ったにもかかわらず応じなかったことが、暴行の動機になったことを示し、「刑務所では人権救済の申立てをすること自体が許されない、更なる抑圧の対象となるということを示している」と強調。さらに、弁護士会が人権擁護の申立てを受けて調査をしても、刑務所側は関係者である看守に直接弁護士をあわせないことや、弁護士が申立人との面会を申し入れても、時間の制限や聞き取りの際の看守による立ち合いなどの妨害をすることをあげ、「ことほどさように、刑務所そしてこれを所管する法務省という役所は、人権擁護活動には消極的というのを通り越して、さらに敵対的な態度をとっている」と痛烈に批判されました。

 二度の質疑が終わった後、与党側からはさらに政府質疑を行うよう提案がありましたが、野党は、名古屋刑務所問題は法案の土台にかかわる問題であり、これ以上の審議を進める前に、法務委員会として名古屋刑務所の現地調査を行うべきだと提案しました。与党は「日程がとれない」ことを理由に拒否。それ以降、与党は人権擁護法案の審議日程の提案すらできなくなりました。

 野党は独自に名古屋刑務所の調査を十二月四日に行い、十日にはこの問題での参院法務委員会での集中審議を行いましたが、そこでも刑務所内でこうした人権侵害が常態化していることも明らかになりました。このような部署を持った法務局の外局として人権擁護委員会を設置することは許されません。

「官に甘く、民に厳しい」――審議で浮き彫りになった問題点

 政府は、委員会質疑の最初の日に、公明党議員の質問に答え、「報道被害に関する規定については一定期間の凍結、この間に自主的な取組の進展状況を見守るということも一つのお考え」(吉戒人権擁護局長)と答弁し、これまで報道でしかなかった法案修正を事実上、認めました。マスコミも「政府、異例の“冒頭”修正」(「読売」)と報道しましたが、冒頭から修正を口にすることは、欠陥法案であることを自ら認めたことにほかなりません。

 しかし、報道規制の「凍結」では、規制条項自体はそのまま法案に残り、「いつでも凍結解除できるぞ」と報道機関への脅しとして作用することになります。参考人質疑でも「表現の自由、報道の自由、知る権利の侵害につながるという危惧を完全にぬぐい去るものではない」(石井修平・日本民間放送連盟報道問題研究部会部会長)と指摘されました。しかも、報道規制以外の多くの問題点は手を触れないものであり、およそ修正に値するものではありません。マスコミも「法案の欠陥は一部修正くらいでは到底是正できない」「廃案とし……根本から練り直すべきだ」(「毎日」社説)と批判しています。

 もともと基本的人権は、権力による人権侵害を許さない運動の中で確立してきた歴史があり、今日においても最も重大で救済が困難なものは公権力による人権侵害です。人権救済機関は何よりも公権力や大企業による人権侵害を迅速・簡易に救済できる実効性のあるものでなくてはなりません。ところがこの法案は、組織のあり方の問題でも、救済の中身の問題でも肝心の公権力による人権侵害には甘く、逆に民間の表現の自由などには規制をかける「官に甘く、民に厳しい」(「毎日」)ものになっています。

 根幹の部分で重大な問題点がある法案であり、いったん廃案にし、国際的水準にそった人権救済機関を作る法案として出し直すべきものです。以下、審議の中で指摘をし、浮き彫りになった問題点について述べます。

 ◆独立性の欠如

 まず、この人権機関の独立性の問題です。法案は、国連のパリ原則にあるような、公権力による人権侵害を迅速かつ簡易に救済する、公権力から独立した人権救済機関とはかけ離れています。六月には、メアリー・ロビンソン国連人権高等弁務官(当時)が小泉総理に対し、「法案の一部がパリ原則に合致しないという懸念には、十分根拠がある」という異例の書簡を送ったほどです。

 参考人質疑では、藤原精吾氏が、九八年の国連規約人権委員会の日本政府に対する勧告の中で、具体的なあて先がある二十四項目のうち十五項目、実に六三%が法務省に当てたものだという事実をあげ、「これこそ人権侵害のデパートということが言える」と指摘されました。だからこそ国連規約人権委員会は、日本政府に対し、「警察や入管職員による虐待を調査し、救済のため活動できる法務省などから独立した機関を遅滞なく設置することを勧告」しているのです。

 法務省はこれに対し、国家行政組織法第三条にもとづく独立性が高い「三条委員会」であって、法務大臣から指揮命令をうけないから大丈夫だと言い訳してきました。しかし実際の手足となる事務局はすべて法務省の人権擁護局から横滑りで、地方では地方法務局が委託され、しかも将来にわたり法務省と人事委員会の人事交流を行うということは改めて答弁で明らかになりました。これでは看板が代わるだけで中身は変わらず、法務省から独立した機関とはとてもいえません。

 こうした批判に対し、法務省は、質疑の中で、収容所や刑務所を管轄する入管局や矯正局などの部署と人権委員会の人事交流は行わないことを明らかにし、中立公正さを担保できるとしました。しかし、問われているのは法務省全体の体質であり、入管や矯正だけの問題ではありません。いくら三条委員会で独立性があるといっても、いずれ法務省に戻るような職員が、名古屋刑務所の事件など法務省の中で起こった人権侵害を救済できないのではないかというのは国民の当然の疑問です。法務省の外局で、人事交流を行う機関では、「公正らしさ」にも欠け、国民の信頼をうることができません。

 ◆プライバシー侵害――メディアは規制、公権力によるものは原則救済せず

 第二にメディア規制の問題です。この分野に、公権力の人権侵害には非常に甘く、民間には厳しいという法案の基本的仕組みの問題が鋭く表れています。

 国民の多くは、公権力による人権侵害は警察や刑務所の中のことであり、自分が直接被害をうけることは無いと思っています。そこで私は、住民基本台帳問題などで不安が広がっているプライバシー侵害を取り上げ、公権力による侵害とメディアによる侵害ではその対応が大きく違うことを問題にしました。

 具体的にただしたのは防衛庁のリスト問題です。情報公開法に基いて防衛庁に情報公開を求めた市民の情報を、逆に防衛庁が独自に収集、蓄積をし、それをネットにまで流していたという事件です。収集された個人情報には、本人が情報公開の申請書に書いた以上の「職業」なども含まれていたことは重大です。

 国会でも大問題になり、防衛庁から調査報告が出ましたが、実名で名簿化したから問題だったが、イニシャルだったらかまわないし、情報を収集することもかまわないというのがその内容です。しかしイニシャルであってもいくつかのデータを合わせると個人を特定できます。結局、法に基づき情報公開請求した市民の個人情報を収集、蓄積すること自体が人権侵害だという認識に立っていません。

 私は、このように公権力が個人情報を勝手に収集、蓄積していることについて人権侵害の申立てがあっても、この法案では特別救済の対象にならないではないかと質問しました。これに対し政府は、特別救済の中のバスケットクローズ(四十二条第一項第五号、包括的な項目)により、対象として取り上げる「可能性がある」としつつ、「原則対象にはならない」という答弁でした。

 一方、メディアによるプライバシー侵害についてはどうか。「私生活に関する事実をみだりに報道し、その者の生活の平穏を著しく害する」とか、電話やファクスを「継続的に又は反復して行い、その者の生活の平穏を著しく害すること」など、事細かに規定され、特別救済の対象となります。これでは取材が規制、萎縮させられ報道の自由が侵されるという懸念の声が広がるのも当然です。

 同じプライバシー侵害でも、公権力によるものは原則として特別救済の対象にはならないが、メディアの場合は細かく規制――あまりにバランスを欠いています。逆に、公権力によるプライバシー侵害には厳しく対処し、メディアの場合は報道・表現の自由という観点から、メディア界の共同による自主的な取り組みで解決すべきものです。

 ◆労働分野での人権侵害の救済に実効性無し

 第三に労働分野での人権救済に実効性がないという問題です。法案では、労働分野における人権侵害の救済は従来通り厚生労働省が行うとしています。

 私は石川島播磨重工で行われている ZC 管理名簿の問題を取り上げてこの問題をただしました。ZC とは「ゼロ・コミュニスト」という意味です。日本共産党を職場で孤立させるために、党員と思われる人の名簿を作り、その人たちがビラをまいたら誰が受け取ったかまでチェックするなど、労働者をランク付けした名簿を作って管理しているのです。

 厳重秘密資料となっているこの名簿を示して追及しましたが、その中には本人病歴や家族のサークル活動まで調べて記載されています。恐るべき思想差別であり、プライバシー侵害です。こういう大企業職場における人権侵害を行政任せにすることはできず、諸外国のように独立した委員会が雇用における差別の禁止を扱うことが必要です。

 これに対して法務大臣の答弁は、労働分野は「知識、経験を積み重ねております厚生労働省の担当される分野」だという従来どおりのものでした。しかし、職場における日本共産党員への差別は、例えば東京電力、関西電力でもありました。裁判で勝訴したものの、関電では二十八年もの歳月がかかっています。長期裁判自体が人権侵害だといわれています。これまでの労働行政で解決してこなかったという現実があり、この分野でこそ簡易、迅速に解決する独立した人権救済機関が必要です。にもかかわず、従来と同じように労働行政にゆだねる本法案が、職場における人権侵害の救済に実効性が無いことは明らかです。

 ◆広く国民の表現の自由に介入の恐れ

 第四にこの法案は、メディアだけではなく、広く国民の表現の自由に対して介入する恐れがあります。

 質疑の中で、森山法相は、「同和問題というのは…物的には解決したとはいえ、心の中、意識の中にそのような問題がまだまだ根深く残っている…これによって起こるいろんな事件については、この新しくつくられるべき人権擁護委員会で対処すべき問題」と述べました。事件への対処だとして、国民の心の中、意識の中に行政が介入する恐れがあることが改めて明らかになりました。

 法案には、「不当な差別的言動」の規制(第四十二条)があります。また、「差別助長行為の差し止め請求訴訟」(第六十五条)という項目があります。これは、例えば「外国人お断り」という看板があった場合、仮に被害者の申し立てがなく、特定の被害者が明らかにならなくても、人権委員会が代わって差し止め請求訴訟をおこすことが出来るというものですます。しかし何が差別的言動であり、「相手方を畏怖させ、困惑させ、又は著しく不快にさせるもの」なのか、何が、「これを放置すれば当該不当な差別的扱いをすることを助長し、又は誘発するおそれがあることが明らか」な差別助長行為なのかは大変あいまいであり、規定できない問題です。これを行政機関が差し止め請求までしていく――これは表現の自由への介入につながり、たいへん危険なものです。

 十一月二十七日に開かれた参院憲法調査会でも参考人の田島泰彦上智大学教授は、人権擁護法案の差別表現に関する規定について「差別とは何かという大変難しい問題……その表現の中身を行政機関が判断していいのか」と批判されました。

 十二月九日には、奥平康弘(東大名誉教授)、杉之原寿一(神戸大学名誉教授)、成澤榮壽(長野県短期大学前学長)、長谷川正安(名古屋大学名誉教授)の四氏の呼びかけによる「憲法・行政法・部落問題に関わる学者・研究者の『人権擁護法』案に反対するアピール」が発表されました。この中では、同法案について「真に国民の人権を擁護するものではなく、国民の『人権救済』の美名のもとに、国家が国民の自由な言論活動を抑制し、国民を管理統制するものです」と厳しく批判しています。

 さらに同日、文化団体連絡会議、自由法曹団、全日本教職員組合、日本婦人団体連合会、日本国民救援会、日本自治体労働組合総連合、全国部落解放運動連合会など人権、表現・言論に携わる団体が、「人権擁護法案の廃案を求める共同声明」を発表しました。

 しかし、表現の自由への介入の恐れ問題については、まだまだ国民の中に十分に知らされていません。国会質疑でも日本共産党以外は取り上げない現状にあり、今後はこの問題を大きな争点の一つとして広げていくことが必要です。

通常国会――ごく一部の修正による強行許さず、あくまで廃案に

 重大なのは政府・与党ともに同和問題をてこにして、わずかな修正で通常国会での成立を図ろうとしていることです。

 質疑では、「同和関係者に対する差別という問題はまだまだ深刻な問題として残っておる」「例えば法案の三条でございますけれども…この差別禁止規定などは、かねてから同和団体の方が各種の基本法の制定運動をなされておりましたけれども、その中に取り上げている事項と全く軌を一にするもの」(吉戒人権局長)と盛んに強調しました。

 そうした状況の中、参考人質疑の場で、民主党の角田義一議員と参考人の山崎公士・人権フォーラム 21 事務局長との間でこのようなやりとりがありました。

 角田義一君「率直に言って、法務省から内閣府に移すというのは、役所のメンツがあるのか分りませんけれども、えらく抵抗していますよな」「仮に…法務省のところからはずれないよといったときに…しょうがない、ならいいか、がまんするかというようなところはないですか」

 参考人(山崎公士君)「なかなかそういうバーゲニング的な話というのは余り積極的にはしたくないところですが…(人権委員会事務局に)検察官をあてるということではなしに、民間で人権活動をやっていた実質的な弁護士さんをあてるとか…」

 山崎参考人はここまで述べたところで、自らの発言を打ち消しました。

 「しかしながら、やはりこれ、話していながらだんだん私もそれはまずいというふうに思っておりまして、せっかく委員のご質問ですからお答えしたわけですが、やっぱり原則に戻って、やはりそうした妥協的と申しますか、経過的な成り行きは余りよろしくないというふうに個人的には思っております。」

 公式の場で、わずかな修正でがまんできないかというやり取りに委員会室は一瞬、緊張につつまれました。与党議員も、思わず身を乗り出して注目していましたが、最後の「妥協はよくない」という発言に苦笑いする状況でした。

 通常国会の終了時、野党は一致して、人権擁護法案は継続審議ではなく廃案にするべきだと主張しました。ところが先の臨時国会では、民主党は「修正協議をすることはやぶさかではない」として継続審議賛成に回りました。

 今後、政府・与党と一部野党、運動団体も巻き込んだ形で、ごく一部の修正により法案を成立させようという動きが強まることが予想されます。こうした動きを許さず、本法案の重大な問題点を広く国民の中に明らかにし、「廃案にして、真に人権救済に役立つ機関として出しなおせ」という声をさらに広げていきましょう。

日本共産党参議院議員 井上哲士(いのうえさとし)


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