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【前衛2012年2月号】
日米地位協定の抜本改定を
―「公務中」米軍属の起訴を実現した世論と国会論戦

井上哲士(党参院国対委員長)


 「怒りと世論が日米政府を動かした」―那覇地方検察所は昨年11月25日、沖縄市の與儀功貴さん(享年19歳)を交通事故死させた米軍属(基地で雇用されている民間人)について、「公務中」を理由に不起訴にしたことを覆し、起訴しました。遺族らの不服申立てによる那覇検察審査会の「起訴相当」の議決を受けて続けられてきた日米当局の協議の結果、11月23日の日米合同委員会で日米地位協定の運用を見直すことに合意したことに伴うもの。「人の命を奪っておいて、なぜ日本の裁判で罪に問えないのか」という遺族の怒りや沖縄県民の世論や日本共産党の論戦が追いつめた結果です。
 本稿は、米軍関係者の裁判権をめぐる基本的構図を振り返りつつ、那覇地検による逆転起訴の意義とそれを実現した国会内外の闘い、今回の運用見直しの内容と問題点、今後のたたかいの課題を明らかにするものです。

裁判権放棄迫る米国、屈服する日本政府vs国民世論

 在日米軍関係者の裁判権をめぐっては戦後、長いたたたいが続いてきました。法の一般原則は、犯罪はそれが行われた国の司法で裁かれるというものです。例外的に他国に駐留する軍隊の関係者については、一定の条件のもとで派遣国の裁判権を認める協定が結ばれてきました。しかし米国は、米軍関係者をできるだけ他国の司法で裁かせないという姿勢をとってきました。その立場から日本に裁判権放棄を迫る米国と屈服する日本政府、それに対する日本での犯罪は日本で裁けという国民世論のせめぎあい―これが裁判権をめぐる基本的構図となってきました。

●屈服しながら国民をあざむいた1953年の密約

 この問題の出発点が、1953年の裁判権放棄密約です。旧安保条約の下で結ばれた1952年の日米行政協定では日本国内での米軍関係者の犯罪はすべて米国に裁判権がありました。それではまるで植民地だという批判が日本国内で広がる下で翌五三年に同行政協定を改定して、「公務中」以外は日本に第一次裁判権があるとし、その後の日米地位協定に引き継がれました。

 米国は、表向きは改定に同意していましたが、非公式協議の中では、公務中以外でも特に重要な事件以外は第一次裁判権を放棄せよと日本に迫りました。政府は一定の抵抗を見せましたが、最終的には同年10月28日の日米合同委員会の部会で、法務省刑事局の津田総務課長が、「(米軍関係者の事件について)日本にとって著しく重要と考えられる事件以外については第一次裁判権を行使するつもりはないと述べることができる」と声明して署名し、この議事録を秘密にすることで合意したのです。国民には裁判権を獲得したと宣伝しつつ、裏では実質放棄する密約を交わしていた―許しがたい屈従ぶりです。

 この秘密議事録を国際問題研究者の新原昭治氏が米国立公文書館で2008年に発見しましたが、政府は存在を否定してきました。しかし、外務省は昨年8月末、米国のみに保存されていたとして秘密議事録の存在を認め、関係資料とともに公開しました。一方、公開前日に日米合同委員会を開き、「日本の一方的宣言であり、合意を一度も構成したことはなかった」と日米で確認したと発表しました。日米で口裏を合わせた形です。しかし、別表にある経緯をみれば、これが日米間の合意であることは明白です。米国は当初公開議事録での声明を求めましたが、日本側が秘密議事録を提案し、米国は「形式にこだわらず、実質を確保」したのです。

●起訴率、公務証明、身柄引き渡し、受刑者処遇…さまざまな特権が

 この密約は現在も実行されています。起訴率を比較すると、2001〜2008年の一般刑法犯で、日本人の犯罪の48.6%に対し米軍関係者の犯罪は17.5%にとどまっています。さらに、逮捕から刑務所での処遇まで米軍関係者にはいっかんして特権が与えられています。公務中の認定は建前では裁判所が行うことになっています。ところが実際は、事件の現場で米軍が発行した「公務証明書」が提示されれば、警察はそのまま認めて身柄を渡し、検察もまともな検証もなしに「公務中」として不起訴にしています。

 公務外の犯罪の被疑者の身柄も起訴するまで日本の捜査当局に引き渡されません。1995年の沖縄での少女暴行事件の際にも、米軍人の被疑者の身柄が引き渡されず、県民の怒りが広がりました。その後、日米間で、凶悪犯罪の場合に限り運用改善が合意されましたが、あくまで米側が「好意的配慮」をして身柄を引き渡すというものです。

 さらに、実刑判決が下れば米軍関係者はすべて横須賀刑務所に収容されますが、ここでも食事などで優遇がされています。まるで日本での犯罪をまともに犯罪と認めないような扱いが続けられてきたのです。

闇に光をあてた検察審査会の議決と国会論戦

●米軍関係者事件に対する初めての申し立て

 このように、国民に見えないようにして米軍関係者への優遇が続けられてきました。その闇に光を当てたのが検察審査会(以下、検審)制度です。

 1948年に制定されたこの制度は、強制的に起訴する効力はないものの、「不起訴不当」「起訴相当」の議決があると、検察は再捜査をして起訴するかどうか再び判断をしなくてはなりません。

 しかし、裁判員制度の導入など、この制度は在日米軍関係者の事件で使われてきませんでした。その背景には、検察側の姿勢があります。1965年に法務省刑事局が発行した部外秘資料、「外国軍隊に対する刑事裁判権関係通達・質疑回答・資料集」の中で、米軍関係者を不起訴にした事件で検審が起訴相当の議決をした場合の検察官の処置について、「裁判権がなくなったのであるから、いかんともしがたい。建議あるいは勧告として諒知されたい」と回答しています。聞き置くだけで良いというものです。

 しかし、司法制度改革で司法への国民参加が強化されるなか、検審制度も2009年に法改正されました。その結果、二度目の検審で起訴議決がされれば強制起訴となる制度に変わったのです。

 改正制度の施行直後の2010年4月に私は、参院外交防衛委員会で質問しました。公務中として不起訴になった米軍関係者の事件で、公務性についての検察の判断の当否を審査の対象として検審に不服申立ができるかどうかと質すと、加藤公一法務副大臣は「行為の公務性ということについても審査ができる」と答弁しました。

 さらに昨年七月に質問主意書を提出し、「不起訴不当」「起訴相当」の議決がされた場合、日本側の不起訴により米国に第一次裁判権がある場合でも再捜査ができるのか、さらに「起訴議決」がされた場合は裁判ができるのかを質しました。内閣からの答弁書は、「捜査をすることができる」、「裁判が行われる」というものでした。国民の司法参加の権利を強めた改正検審制度の下で、かつてのように議決があっても聞き置くだけでいいなどという姿勢はとれなくなったのです。

 こうした変化の中、2010年に岩国で、翌年に那覇で公務中米軍関係者の犯罪に関して初めて検審への申立てが行われ、情勢を切り開くきっかけとなりました。

●日米当局に衝撃を与えた那覇検察審査会の議決

 與儀さんの遺族の申立てを受け、那覇検察審査会は昨年5月に「起訴相当」を議決しました。米軍関係者の事件で初めてのことで、日米当局に大きな衝撃を与えました。

 検察は再捜査をし、3カ月以内に起訴・不起訴の結論を出さなくてはなりません。検察はその期限を限度の3か月間延長し、政府内でも日米間でも協議を続けてきました。その期限が11月25日でした。再度不起訴にすれば、県民の怒りが沸騰する上、再び不服が申立てられ、検察審査会が強制起訴の議決をすることは確実で、そうなれば、裁判は検察から指定弁護士に引き継がれて行われます。それだけは避けたい―先延ばしやあいまい決着が許されない下、この日に検察が米軍属を起訴したのです。

 那覇検察審査会の議決は重要な問題を提起しました。まず公務性の認定の不十分さです。議決書は事故時の軍属の公務性について「米軍からの不提供により、検察官は、そのシフト表を照合していないので、公務性の認定が不十分と言わざるを得ない」としています。公務認定の当否そのものが審査の対象となり、これまで米側の「公務証明書」をまともな検証もなしに受け入れてきた捜査当局の在り方にメスが入りました。

 また議決書は、被疑者には5年間の運転禁止処分が科せられただけで刑事責任が問われておらず、かつ処分が軽く不当だとして、「わが国において第一次裁判権を行使すべきである」としました。その上で、「1960年のアメリカ合衆国連邦最高裁判所判決で、平時には、軍属に対し、米軍の裁判権は及ばないとされている」「当該判決は現在も効力を有している」「大韓民国の大法院において、韓半島が平時のときは、軍属の裁判権は米軍にはないとの判決が出され、大韓民国で裁判権が行使された事件もあり、NATO諸国においても、軍属の裁判権は駐留軍ではなく、当該国で行使されている」とのべ、「本件に関しても、我が国が第一次裁判権を行使することが相当である」と結論づけたのです。

●誰からも裁かれなくていいのか―国会での論戦がさらに世論を動かした

 私はこの議決書を踏まえ、昨年10月27日の参院法務委員会で、公務中の米軍属の犯罪が日本でも米国でも裁かれていない実態を示し、「誰からも裁かれなくていいのか」と平岡秀夫法相に迫りました。そして、米第七陸軍司令部の外国法部副部長のポール・J・コンダ―マン氏が、『駐留軍関係法規に関するハンドブック』(オックスフォード大学出版局、2001年発行)の中で、「連邦最高裁判決は、平時における米国人家族及び軍属に対する米軍の軍事裁判権を事実上排除した。したがって、米国人家族又は軍属が接受国の法に違反する犯罪を犯した場合には、実質的に接受国がそれらの者に対する専属的裁判権を持つ」と述べていることを明らかにし、接受国である日本が、公務中を理由に不起訴とするのではなく、厳正に裁判権を行使するよう求めました。

 その質問の際に、米軍属による公務中犯罪の処分状況を明らかにするよう要求。その後、法務省は公務中を理由に日本で不起訴となった米軍属の日本人に対する犯罪の処分状況を初めて明らかにしました(表)。2006年9月から2010年末までの62件について、 軍法会議に付されたのはゼロで、懲戒処分は35件、44%にあたる27件は懲戒処分すら受けていないという驚くべきものでした。62件の内訳は、自動車運転過失致死が1件、自動車安院過失傷害罪が41件、業務上過失傷害罪が16件、道路交通法違反が四件となっています。

 こうした国会論戦は、多くのマスコミが取り上げました。特に沖縄では、地元紙が一面トップで報道するなど、地元マスコミが連日のように報道し始め、「米軍犯罪野放し」「逃げ得だ」など怒りの見出しが並び、“米軍属の裁判は日本で”の世論が大勢を占めるようになりました。この世論の中で、日米両政府は、米軍属に対する裁判権を日本側が行使できるよう、日米地位協定の運用見直しを余儀なくされたのです。

「日本での犯罪は日本で裁け」―日米地位協定そのものの改定は急務

●アメリカの「好意的配慮」にすがる運用見直し

 今回合意された日米地位協定の運用見直しは、公務中の米軍族に対する米側の第一次裁判権を認めた上で、米国の「好意的配慮」により例外的に日本が裁くことを可能にしています。

 その枠組みは、(1)米側は,公務中に犯罪を犯した軍属を刑事訴追するか否かを決定し,日本側に通告する。(2)米側が当該軍属を刑事訴追しない場合,日本政府は,その通告から30日以内に,米国政府に対し,日本側による裁判権の行使に同意を与えるよう要請することができる。(3)米国政府は,(ア)犯罪が,死亡,生命を脅かす傷害又は永続的な障害を引き起こした場合には,当該要請に好意的考慮を払う。(イ)それ以外の犯罪の場合には,当該要請に関して日本政府から提示された特別な見解を十分に考慮する。(4)この枠組みは,今後の事件(ただし、2011年1月12日の沖縄市での交通死亡事故を含む。)に適用される―というものです。

  この合意により與儀さんの事件は起訴されました。しかし、アメリカの第一次裁判権を認めて「好意的配慮」にすがるもので、不平等な日米関係を変えるものではありません。亡くなった与儀さんの母親は、事件が起訴となったことに「一応はほっとした。しかし公務中であろうが公務外の事件であろうが、日本国内での米兵・軍属の裁判は当然日本の裁判所で裁くよう、地位協定を変えていかなければならない」と語っています。

●米軍事域外管轄法は、米側の裁判権行使の根拠にはならない

 実は、2006年までは、米軍属への裁判権は日本が事実上専属的に行使していました。

 玄葉光一郎外相は、11月30日の衆院外務委員会での赤嶺政賢議員の質問に対し、1960年の米最高裁判決以降、在日米軍は軍属の事件に対して公務証明書を出さない運用をしていたが、平時に軍属が起こした犯罪について米国内法で裁くことができるという法律=軍事域外管轄法(MEJA)が2000年にアメリカで制定されたことを受け、在日米軍は、06年9月から再び軍属犯罪に対しても公務証明書をだすようになったという経緯を認めました。

 しかし、米国のMEJAの制定は日本が裁判権を行使できない理由にはなりません。11月22日の法務委員会で、日本で不起訴になった軍属の犯罪にこの法律が適用され、米国内で裁かれた例があるかとただすと、平岡法相は一例もないことを認めました。
なぜ一例もないのか。米陸軍大学のケバン・ヤコブソン大佐が2006年に発表された論文で指摘しているようにMEJAは重大な弱点を持っているからです。外国で起きた事件をアメリカ国内で裁こうとしても、外国から証人を呼ぶことは極めて困難で身動きが取れなくなる可能性があり、その下で、米国の検察官が訴追を判断するときに、外国での軍属の事件よりも責任を持っている国内の事件の解決に限られた人的資源を充てるだろう―というものです。

 では、なぜMEJAが制定されたのか。その背景の90年代以降、米国の海外軍事活動に多数の民間人が動員されように変化したことがあります。イラクやアフガニスタンでは、警備や軍事活動も民間軍事会社に請け負わせました。そうした会社の従業員による地元民の殺人や人権侵害事件が起き、関係者同士の事件も頻発します。しかしこうした従業員も身分は軍属のため、軍法会議にかけられません。一方、米国の攻撃により司法制度が破壊されている国や米軍関係者の裁判権はすべて米国にあるとする地位協定を結んでいる国があり、これらの国では軍属犯罪は誰からも裁かれません。そこで、米国外で罪を犯した軍属を米国に移送し、連邦裁で裁判を行うことを可能にするためにMEJAが制定されました。

 日本のように基本的に司法制度が機能している国における米軍属の犯罪にMEJAを適用することは立法趣旨から外れていますし、本来、日本にある裁判権を米国が国内法によって奪い取ることは裁判権の侵害です。にもかかわらず、在日米軍は、MEJAを背景に再び軍属の事件に公務証明書を出してきました。それを唯唯諾諾と受け入れた自公政権時代の対応が間違っていたのです。運用の「見直し」をいうのであれば、2006年まで行われていたように軍属犯罪は日本が裁くという運用に戻すべきでした。

●日本政府も改定の必要性を認めていた

 赤嶺議員はこの質問で、日本政府も、米軍属については日本側が専属的裁判権を持つよう改めることの必要性を認識していたことを明らかにしました。

 外務省が1983年に作成した機密文書「日米地位協定の考え方・増補版」では、「我が国においては、建前上は軍属・家族も軍法に服する者に含まれるかたちとなっているが、刑事裁判権の実際の運用としては、軍属の犯罪について米軍当局は、地位協定上米軍当局に第一次裁判権のある場合でも、(例えば軍属の公務中の犯罪については公務証明書を出さないとか、第一次裁判権の不行使を我が方に通告して来るとかして)裁判権を行使しないことにより軍属・家族の犯罪には事実上我が国が専属的裁判権を行使している如き現象を呈している等の実情もあって、前述の合同委員会合意は実態と相当乖離しているので、右合意はなるべく早い機会に実態に合わせて改めるべきである」と述べています。

 ところが歴代政権は、実態に合わせて改定をしないばかりか、米側がMEJAを背景に米軍属への第一次裁判権を再び主張してきたことを受け入れてしまったのです。今回の運用見直しは、それを追認した上で、一部日本での裁判を可能にするものです。これでは根本解決につながりません。

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 今回の起訴実現と運用見直しを第一歩として日米地位協定の抜本的改定こそ求められています。12月13日には与儀さんの「遺族を支える会」が上京し、七万筆を超える日米地位協定の改定を求める署名を政府に提出。沖縄では県議会をはじめ県内の自治体の八割以上の地方議会が、決議や意見書をあげています。

  沖縄をはじめ全国の基地周辺の住民から沸き起こる「日本での犯罪は日本で裁け」という当然のことが実現できるように、さらに追及を続けます。


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