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グローバル・スタンダードの破綻と
日本の商法改正

日本共産党 参議院議員 井上哲士

 アメリカでの IT バブルの崩壊とともに、エンロン、ワールド・コムの粉飾決算や会計操作が次つぎと発覚し、いま、「グローバル・スタンダード」といわれてきたアメリカ型経済システムが一体何だったのかが問われている。

 アメリカの経済紙ウォール・ストリート・ジャーナルは、「共産主義〔旧ソ連型政治経済体制のこと――引用者〕の没落と一九九〇年代のアメリカ好景気によって、アメリカ国内だけでなく海外の多くの国でも、アメリカがすべての国のモデルだとする考えが盛んになった」「しかし……不正行為への疑惑が集中しており、アメリカのイデオロギーを批判してきたものにとってわが世の春である」「多数のスキャンダルが示したのは、アメリカは、評判となっている『企業統治の本家』ではないということだ」(六月二十八日付)との大型記事を掲載した。

 ところが日本では、「グローバル・スタンダード」の名のもとに、「アメリカン・スタンダード」が各分野でもてはやされ、この間行われている商法改正の中にも無批判に持ち込まれてきた。

一、根本から問われるアメリカ型経済システム

 一部の「腐ったリンゴ」の問題か

 ブッシュ大統領はエンロン事件の後、不正に走った経営者を「腐ったリンゴ」と呼び、それを箱から取り除けば、やがて不正問題は解決できると説いた。しかし、その後の相次ぐ不祥事は、「腐ったリンゴ」がごく一部ではなかったことを示した。そして、「腐ったリンゴ」を生み出した米経済のあり方そのものを問い直す声がひろがっている。

 まず、企業会計はどうだったか。エンロン、ワールド・コムの事件は、経営トップが不正に走っただけでなく、本来なら経営陣を厳しく監視すべきアナリストや監査法人など「市場の番人」までが役に立たなかったことを示した。エンロンの会計監査を担当した大手会計事務所のアンダーセンは、エンロンからコンサルタント料などで監査報酬を上回る報酬を受け取っていた。そのもとで、大規模な粉飾決算が行われ、アンダーセンは関係書類の大量廃棄まで行ったのである。

 また、アメリカ型のコーポレート・ガバナンス(企業統治)の中心は、社外取締役による経営陣の監視だが、一連の不祥事では、これもまったく機能しなかった。社外取締役といっても、実際には取引先の代表や経営トップの友人など、企業や経営者と密接な関係を持つ人物が多数になる例が多く、監視役になりえない状況がある。実際、エンロンの場合、取締役十八人中、十二人が社外だったがその多くがケネス・レイ元会長とつながりのある人物だった。

 米投資家・R ・モンクス氏は、「取締役会は大した権力は持っていない。虚構だ。〔社外〕取締役は本当に活躍しているわけではないし、すべては CEO 〔最高経営責任者――引用者〕次第だから取締役会はあてにならない」とし、米企業統治は日本でも模範とされてきたが…との問いに「見かけと現実は違う。良き企業統治があるように見えるが、実際には CEO の独裁制だ」(「日経」三月六日付)とのべている。

 「グローバル・スタンダード」としてもてはやされてきたアメリカ型の「企業会計」も「コーポレート・ガバナンス」も、実は虚構だったことが浮き彫りになっている。

 グローバル・スタンダードとは何だったのか

 コラムニストのロバート・J ・サミュエルソンは、「株式市況の下落の主な理由が、投資家が企業会計に信頼を失ったためと考えるのは誤りである」「ワールドコムの会計不正は誰も弁護できないが、それ〔不正〕は同社の困難の原因というより、その結果である」(ワシントン・ポスト紙、七月三日付)とし、米国の投機的な資本主義そのものが問題だと指摘している。

 また、ジャレッド・バーンスタイン経済政策研究所エコノミストは、「頻発する会計疑惑について、『株価の上昇を至上命題とする米国の企業文化のきしみが生んだ ? 』」(「読売」七月十二日付)と指摘している。「グローバル・スタンダード」といわれたアメリカ型経済システムは、実は「株価至上主義」にすぎなかったのである。

 九〇年代の株価が右肩上がりの時は、万能のように見えたこの「株価至上主義」だが、いったん株価が低迷すると粉飾決算などの事態に結びついた。まず、収益目標を達成しないと株価が下がり、企業経営者が更迭されるなど市場の圧力にさらされていることが背景にある。達成できない目標を会計操作で補う誘惑に駆られることになる。

 加えて、株式交換による合併で優位に立たねばならないという事情がある。「ワールドコムが実態以上の業績に見せかける不正会計に走ったのは、二十年間で七十五件もの合併を繰り返し、AT & T に次ぐ業界大手にのし上がった同社にとって、合併比率の有利な算定につながる高株価の維持が必要だったためだ。しかし……本当の業績は悪化が深刻となってきた。……そこで、本来なら一括して費用に計上すべき通信施設の維持費などを、数年間に分けて費用計上できる設備投資とみなすことで費用を少なく見せかけ、二〇〇一年から二〇〇二年一―三月期までに計三十八億ドル(約四千六百億円)の利益を水増ししていた」(「読売」六月二十八日付)

 株価至上主義に拍車かけたストックオプション

 このように「株価至上主義」のもとで経営者が目先の利益だけに走り、経営者としての倫理観も失っていったが、それにさらに拍車をかけたとして批判が広がっているのが、ストックオプション(自社株購入権)である。

 TIAA-CREF (米教職員保険年金連合会・大学退職株式基金)の J ・ビッグス会長は、「われわれは、長期的な視点で投資をしており、企業が短期的な業績にこだわりすぎることを懸念してきた。ストックオプションはこうした傾向を助長した」(「日経」三月二四日付)とのべている。

 ストックオプションとは、役員や社員が自社の株式をあらかじめ決められた価格(行使価格)で買える権利である。株価が行使価格より上がった時に権利を行使して株式を取得すれば利益を得ることができる。株価の上昇が自らの報酬の向上に直結することにより、役員や社員の業績向上への意欲につながるとして、アメリカでは九〇年代から取り入れられてきた。

 その実態はどうか。経済学者のポール・サミュエルソンは、「一九八〇年代に平均的な労働者賃金の四十倍だった CEO たちの収入が、二〇〇二年にその四百倍になった主な理由がこのオプションにある」「最近のスキャンダルが教えているのは、オプションが CEO たちに対して会社の効率を上げ、より多くの労働者を雇うよう促すどころか、むしろ反対に、会社の破産につながることをさせる誘因となってきたということなのである」「インチキな企業利益をでっちあげて株価を上げ、うぶな買い手を相手に売り抜けて何百万ドルもの儲(もうけ)を出すことである。そのおかげで痛手をこうむるのは、従業員と債権者である」(「読売」八月五日付)と告発している。

 実際、破綻(はたん)したエンロンの場合、経営陣は株価が高い時期に自社株を取得し、巨額の報酬を手にした。一方、一般社員は手続き上の問題もあり、年金に組み込んだ自社株を売却できないままに破綻の日を迎えている。

 しかも、ストックオプションは、実質的には社員への報酬として使われているが、通常の給与と異なり、会計上は費用計上する必要がないために、利益を大きく見せることができる。そのため、ストックオプションを導入している企業の会計報告書は、実態を正確に反映していないとの批判も強まっている。

 アメリカは七月三十日には、不正を働いた経営者への罰則強化、監査法人への監視強化、情報開示の強化などを柱とした企業改革法(サーベンス・オスクリー法)を成立させた。異例のスピードで法案は成立したが、ストックオプションの会計計上は見送られるなど、「『成立を急ぐあまり不正防止の仕掛けが不十分にとどまった』(米証券大手)など、肝心の法律の中身に批判も多い」(「読売」七月三十一日付)のが実態である。

二、アメリカ型経済を無批判に持ち込んできた日本

 商法改正の中に矢継ぎ早に持ち込まれた

 この間、経済の大きな変動の中で毎年のように商法改正が行われてきた。その中で、「国際競争力強化」の名によるアメリカ型の持ち込みがはかられ、ストックオプション制度の導入(九七年)、会社分割制度の創設(〇〇年)、金庫株の解禁、新株予約制度の創設、株主代表訴訟の制限(〇一年)、アメリカ型の企業統治の導入(〇二年)と商法の基本原則にかかわるような改定が行われた。

 「グローバリゼーション」にもとづいた規制緩和論の財界におけるオピニオンリーダー的な存在であり、小泉内閣のもとで総合規制改革会議議長をつとめる宮内義彦氏(オリックス会長)は、「日本式経営はグローバル化した企業競争のなかでアメリカ的経営に対して大きく立ち遅れてしまったわけです。……一言でいえば『日本の企業経営者はアメリカに向かって走れ』を目標にしたらいいんじゃないですか」「アメリカでは株主総会の代わりに取締役会がその役割を担っています。『こんな収益性でいいのか ? 』、『株価はこんなんでいいのか』といったプレッシャーが、競争力を勝ち抜く強い企業を生み出す原動力になっているんじゃないでしょうか」(『月刊 経営塾』〇二年二月号)と、あけすけに「株価至上主義」の持ち込みを語っている。

 アメリカ型の都合のいい部分だけを“つまみ食い”

 しかも、この間の商法改正へのアメリカ型の持ち込みの特徴は、「アメリカ型」の中で都合のいい部分だけを取り入れる“つまみ食い”のやり方である。

 たとえば、米国 SEC (証券取引委員会)の人員が約三千三百人なのに対して、日本の証券取引等監視委員会は、わずか二百六十五人の貧弱な体制にすぎず、有価証券報告書などの虚偽記載を摘発する権限があってもほとんど機能していない。

 このアメリカでの体制ですら、エンロンやワールド・コム事件では事実上機能しなかったわけであるから、日本の立ち遅れは重大である。

 さらにもう一つの特徴は、財界の意向を強引に押し通すために議員立法が活用されたことである。従来、社会制度のあり方の基本にかかわる商法の重大な改正は法制審議会で十分な審議と各界の意見の聴取を重ねて慎重に行われてきた。ところが九七年の商法改正(ストックオプションの導入)は、これらの手続きをとらず、一部経済界の要求にもとづいて密室で法案が作成され、日本共産党以外の政党の共同提案とされた。その法案の内容は一般に示されることなく、国会提出数日前にその骨子が新聞に報道されたに過ぎなかった。これに対し、二百二十五人の商法学者の連名による「開かれた商法改正手続きを求める商法学者声明」が出されるという異例の事態すら生まれた。

 経団連は、これ以来、議員立法を「法改正への特急切符」(「日経」一月八日付)として目をつけ、財界の強い要求だった、株主代表訴訟で取締役の賠償責任を大幅に緩和する商法改正でも議員立法の手法が使われた。

三、商法審議の特徴と日本共産党の論戦

 具体的に商法改正へのアメリカ型の持ち込みの中でどのような議論がなされたか、主なものについて見てみたい。

 ストックオプションの導入

 「株価至上主義」に拍車をかけたものとして、ストックオプションに対してアメリカでも批判が広がっているのは前述した通りである。

 このストックオプションの導入は、当時の与党である自民・社民・さきがけの三党に新進・民主・太陽各党を加えた議員立法の形で提案され、衆院では参考人質疑もなく、趣旨説明から採決までたった一日で行われるなど、まともな審議時間もとらずに強行された。

 提案説明で自民党の代表は、「取締役及び使用人の意欲や士気を高め、かつ、優秀な人材確保の有効な手段として企業の業績向上や国際競争力の増大に資する」と手放しで持ち上げた。

 これに対し日本共産党は、「ストックオプションにより会社の株価の値上がりが自己の利益に直結するインセンティブ(動機)が強く働く以上、企業情報を操作し株価のつり上げを図る企業関係者の不正な取引をどう防ぐか、アメリカの SEC ルールのような規制や監視体制の強化が極めて重要であります。しかるに、この点の歯止めあるいは効果的規制は十分なされていないことも明白」(九七年五月十五日、参院法務委員会での橋本敦議員の質問)だと、厳しく反対した。

 前述したように商法学者からも異例の声明が出されるなかで、賛成した各党も、論議不足や不公正取引の可能性を指摘し、「インサイダー取引などの不公正取引に対して、証券取引法の厳格な適用を行うとともに、罰則強化を含む法整備について、諸外国の制度や他の経済法規との均衡をも考慮しながら検討すること」との附帯決議をつけざるを得なかった。

 ところが、二〇〇一年十一月には、公正な証券市場の整備や経営監督機能の強化について何ら有効な手立てがとられないまま、ストックオプションにかけられていた制限を全面的に撤廃する商法改正が行われた(反対=共産。賛成=自民、民主、公明、自由、社民、保守)。これまでは、ストックオプションの権利をもらえるのは役員と従業員だけだったが、子会社の社員や取引先や顧問弁護士、コンサルタント、政治家など誰にでも、付与株式総数の限度もなく与えることができるようにされた。しかも、付与されるものの氏名を総会の決議事項にすることさえ要件とされなくなったのである。

 会社分割制度

 二〇〇〇年五月の商法改正(反対=共産、社民。賛成=自民、民主、公明、自由、保守)で導入されたのが会社分割制度である。

 この制度は、「企業の国際競争力を高めるため」として、事実上、企業の不採算部門を切り離し、結果として労働者の首切り、労働条件の切り下げに道を開くものである。民法六百二十五条では労働者が移籍する場合に同意権を保障している。ところが改正商法では、会社分割においては権利義務関係が包括的に承継されるとして、同意なしに移籍させられるとした。そのために、企業利益が優先され、労働者の意思や個々の具体的生活条件を顧みず、労働者にとって同意しがたい不利益な移籍の強要に道を開くものとなった。自民党と民主党の合意による修正で「労働者との事前協議」が義務付けられたが、こうした不安を解消するものにはならないものだった。

 日本共産党は「独占大企業の国内、国際競争力を強化するために、労働者や下請け企業を切り捨て、再編するというリストラ・『合理化』を容易に推し進めることができるようにするもの」「株主、債権者の保護など商法の諸原則を破壊し、労働者の雇用と権利を脅かすもの」(衆院法務委員会での木島日出夫議員の反対討論)として反対した。

 株主代表訴訟の改悪

 株主代表訴訟とは、法令や定款に違反して会社に損害を与えた取締役などに対し、会社に損害賠償するよう、会社に代わって株主が求める制度である。

 九三年の改正商法の施行により訴訟手数料が一律八千二百円になり、活発に活用されようになった株主代表訴訟は、会社内部の監視機構がほとんど機能せず、外部の監視システムとしての株式市場の公正さも不十分ななか、取締役の責任追及と経営監視のための重要な手段として大きな役割を果たしてきた。

 ところが経済界は、こうした代表訴訟を「乱訴」といって敵視し、「経営が萎縮(いしゅく)」するとの身勝手な理由で株主代表訴訟を制限するよう圧力をかけた。これに応じた自民党による議員提案で商法改正案が提出された。その内容は、法令・定款違反で会社に損害を与えた取締役等の損害賠償責任額を実際に発生した会社の損害額にかかわりなく、その報酬の二年分を限度に抑えるというものだった。

 この法案は余りにも露骨に経済界の要求のみを取り上げたもので、二〇〇一年秋の百五十三臨時国会では審議すら行われない見通しだった。ところが会期末に突如、自民党と民主党が修正で合意。損害賠償責任額を代表取締役はその報酬の六年分、取締役は四年分、社外取締役はその二年分を限度に抑えると修正され、参議院では参考人質疑もなくわずか一日の審議で強行された(反対=共産、社民。賛成=自民、民主、公明、自由、保守)

 日本共産党は、「経済界の、株主代表訴訟の乱訴の弊害や、また高額の賠償責任で経営が萎縮するなどという言い分は、自らの不始末を棚に上げた居直りにほかなりません。法案は、株主保護という商法の原則に反するだけでなく、わが国をモラルなき企業社会へと後戻りさせるものであります」(衆院法務委員会での瀬古由起子議員の反対討論)と厳しく反対した。

 アメリカ型企業統治の選択的導入

 コーポレートガバナンス(企業統治)でも、アメリカ型の持ち込みがすすんでいる。今年五月に成立した改正商法(反対=共産。賛成=自民、民主、公明、自由、社民、保守)では、大企業が社外取締役を起用することを条件に監査役の廃止を認めた。

 提案理由について森山法務大臣は、「国際的な競争に勝ちうるさまざまな機能を果たしうるような、そういう仕組みも選択できることが必要ではないか、そういう要請も経済界からのご意見としてございました」とのべた。

 この改正で、従来型とアメリカ型の企業形態を選択できるようになり、アメリカ型を選んだ企業は、業務担当の経営幹部である執行役制度を導入し、さらに取締役会の中に、社外取締役が過半数を占める三つの委員会――取締役候補を決める指名委員会、監査役の役割をする監査委員会、取締役の報酬を決める報酬委員会――を設ける。

 しかも、社外取締役には、その会社もしくは子会社の役職員はなれないが、親会社や持ち株会社の役職員は排除されない。そのため、執行役もそれを監査する社外取締役も、ともに親会社や持ち株会社から選ばれることも可能になる。これでは、社外取締役が「身内」で固められて機能しなかったエンロンやワールド・コムの事件と同様に、社外取締役による本来のチェック機能が働かないという懸念が大きい。

 筆者は、審議の中で、「ディスクロージャーの強化など、前提となる制度の充実は図らないままに米国型企業統治機構を導入することは、政策的整合性を欠くものといわざるをえません。その下でも、取締役による監査委員会を導入した場合、監査役をなくすことができるとしており、これは会社執行部に対する監査機能をますます低下されるものとりなります」と追及したが、森山法相は「諸外国と比べても遜色(そんしよく)のない体制が整備されている」と強弁するだけだった。

 このように、「国際競争力の強化」の名のもとにアメリカ型経済システムを取り入れ、一方で、監視体制や情報開示の強化は横においたばかりか、株主代表訴訟の改悪で株主による経営監視機能さえ低下させてきたのが、この間の商法改正の中心であった。

四、アメリカ型追随をやめ、公正なルールある社会へ

 問われる企業の社会的責任

 アメリカ型企業統治の導入について、日本の経済界の中には「社外取締役の人材不足」「社外の人に経営がわかるか」などの理由で、否定的な声も少なくない。従来の日本型企業統治を温存する声は、エンロンやワールド・コムの事件で勢いづいているようにも見える。しかし、アメリカ型が根本から問われているからといって、従来の日本型経営が良いかといえばそれは別である。

 そもそも、日本経済は、欧米ではあたりまえの労働者や下請け企業、環境を守るルールすらない「ルールなき資本主義」であることが問題になってきた。エンロン事件直後、「日本への教訓は、企業統治の確立だ。不祥事を連発した雪印グループや経営破たんしたそごう、マイカルを見るにつけ、経営トップを監視する危機管理としての企業統治の仕組みが欠けている企業が多いからだ」(「日経」三月一日付)等の指摘が相次いだが、企業の中に、法令遵守(じゅんしゅ)(コンプライアンス)という最低限の倫理が失われ、それをただす仕組みも欠いているのが実態である。

 日本共産党は商法改正の審議の中で、「従業員とか顧客とか取引先とか債権者とか地域社会とか環境など……利害関係者による、企業経営の暴走をチェックする仕組みや発想」(四月十二日、衆院法務委員会、木島議員)を求めたが、森山法相は、「ある意味では当然の前提になっているのではないか」「良識のある経営者であれば当然の常識ではないでしょうか」とのべるだけだった。しかし、その後も東京電力による原発損傷隠し事件や三井物産の不正入札事件、日本ハムの肉の偽装事件など企業不祥事が相次いだ。「当然の前提」になっていないことが日本の企業の大問題なのである。

 企業の不祥事の防止根絶や社会的責任の確立は大きな事件が起きるたびに議論になってきた。七四年の商法改正の際にも、参院法務委員会では「大規模の株式会社については、その業務運営を厳正公正ならしめ、株主、従業員及び債権者の一層の保護を図り、併せて企業の社会的責任を全うすることができるよう……所要の法律案を準備して国会に提出すること」という附帯決議もあげられた。ところが、ほとぼりが冷めれば、このことは横に置かれ、その後の商法改正に生かされることがなかった。

 いまこそ、アメリカ型経済を「グローバル・スタンダード」として無批判に受け入れたり、財界の目先の利益だけで制度を変えるような態度をやめ、徹底した情報の開示、企業の社会的責任を果たさせる企業統治や社会的な監視の仕組みをつくり上げること、公正なルールある日本経済への転換が必要である。

 企業の社会的責任を重視する EU 、米州法の動き

 「株価至上主義」に対し、国際的には、「ストックホルダー」(株主)に対比して、債権者、従業員、顧客、地域社会などを会社に深い「利害関係」(ステーク)を持つものとして「ステークホルダー」と呼び、その利害を考えて企業活動を行われなければならないという考え方が広がっている。

 EU (欧州連合)の政府に当たる欧州委員会は、「企業の社会的責任に関する欧州の枠組みを促進する」と題するグリーンペーパー(緑書)を昨年七月に発表し、討論を呼びかけている。(緑書が提起した内容や寄せられている見解・意見表明の特徴は、本誌七月号の宮前忠夫氏の論文で詳細に明らかにされている)

 アメリカでも州法の分野では、取締役の社会的責任に関しての会社法における一般的規定が八〇年代以降、広がっている。大東文化大学の中村一彦教授によると、一九八三年にペンシルバニア州においてそうした規定が置かれたのが最初で、社会的注目を集めたのは、一九九〇年のミネソタ州事業会社法である。その内容は「取締役がその地位にもとづく業務を履行する場合、会社の最善の利益を検討するにあたって、会社の従業員、顧客、供給者、債権者、州と国家の経済、地域社会および社会的事情を考慮することができる」というものであり、その後、こうした規定を持つ州は二十八州に及んでいる。

 これらの規定が登場した背景には、企業買収のための敵対的な株式公開買い付け制度(TOB)があり、それにたいする対抗手段とされた。そして、ほとんどの州法は、「考慮することができる」という条文となっている。その中で唯一の例外は、コネチカット州の規定であり、取締役に対し、会社の利害関係者の利益を考慮することを強制している。その結果、利害関係者の利益が適切に考慮されない場合、利害関係者は取締役に対して訴訟を提起することが認められる ? (『判例タイムズ』九四年五月十日号)。今後、「株価至上主義」の見直しのなかで、これらの規定がどう生かされるか注目される。

*   *   *

 歴代の自民党政府は、「アメリカ経済あっての日本経済」という立場にしがみついてきた。一九九〇年の日米構造協議により十年間に四百三十兆円という公共投資をやるという協定を結び、四年後にはさらに六百三十兆円にふくれあがらせた。年間五十兆円にも達するこの公共事業が、国と地方の財政をパンクさせてきた。また、「日米構造調整」と称して大店法の緩和・廃止をはじめとする「規制緩和」が押し付けられたことにより商店街は壊滅的な打撃を受けてきた。

 さらに、小泉改造内閣は、竹中金融担当大臣のもとで、九月十二日の日米首脳会談での対米公約を最優先とし、「不良債権処理の加速」を強引にすすめようとしている。この路線が、いっそうの中小企業の倒産と失業を生んであらたな不良債権をつくり出し、日本経済と国民の暮らしをどん底に突 ? き落とすものとなることは、この一年間の事態が示している。

 対米追随を深める自民党流の経済政策の大本からの転換が問われている。

(いのうえ・さとし)

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