活動日誌

「2024年8月」の記事

 DSC_0202.JPG第三金曜日の今日は北陸信越ブロックの一斉宣伝。長野駅東口で和田明子県議らと共に、自民党内でのたらいまわしではなく自民政治そのものを変えようと訴えました。
裏金問題で自民党を国民と共に追い詰めてきた日本共産党の躍進で北陸信越から再び藤野さんの議席を!信州の朝も暑かった。
 京都に戻り、夜は五山の送り火。京都の夜を彩る大文字を自宅の近くから眺めました。様々な人を忍びながら、例年は、夏も終わりだなとしみじみしますが、今年はまだまだ暑さが続きます。

 京都を朝出て国会へ。超党派の「障害児者の情報コミュニケーション推進に関する議員連盟」で立法準備を進めている手話の推進に関する法律案について、聴覚障害者の皆さんと日本共産党の関係議員やスタッフとの意見交換会に参加しました。

 当事者の方から、聴覚障害者の要求と課題やすべての地方自治体で「手話言語法の制定を求める意見書」を採択し、手話言語条例の制定を進めてきたことなどお話がありました。議連で進めている法案について、さらに充実させるべき内容について意見をもらいました。今後の議論にしつかり反映させていきます。

 終了後、明朝の北陸信越いっせい宣伝の前泊ために長野市へ。

国民世論に追い込まれて岸田総理が自民総裁選への不出馬表明。次期総裁候補に一気にマスコミの注目が集まっていることに強烈な既視感がある。
 三年前、やはり不出馬表明した菅氏に悪政の責任をすべて負わせ、「聞く力」を売りに総理・総裁になったのが岸田氏。実際は、安部、菅政権以上の強権政治が続いた。もう、繰り返しはさせない。自民党内のたらい回しではなく、自民党政治そのものを終わりに。
 12~14日は広島県三次市に帰省。母と食事し、お墓参り、実家の片づけ。

京都で反核小品展

 24反核展.jpg京都市で開かれている「第39回 反核・平和のための小品展」に足を運びました。毎年、この時期に核廃絶と平和への思いを込めて開かれてきました。絵画や写真、手工芸・ポストカード等の作品が展示、販売されています。

 会場のおられた出品者の皆さんと作品の込められた思いなどお聞きしました。

 京都を朝出て国会へ。届いている資料の整理や打ち合わせの後、夜は日弁連会館で開かれたシンポジウム「旧優性保護法被害の全面解決と差別のない社会を目指して~最高裁大法廷判決を受けて」に参加しました。

 歴史的に重要な意義を持つだ最高裁大法廷判決を十分に検証し、旧優性保護法による被害の回復及び社会に根付く差別の解消を確認するために開かれたもの。大法廷判決の評価について憲法と民法の観点からそれぞれ基調報告が行われた後、これまでと今後の取り組みについて学者、弁護士、被害者によるパネルディスカッション。

 パネルディスカッションで全国弁護団の共同代表の新里弁護士が「被害者が声を上げることが社会を変える力、それをサポートするのが弁護士役割」「法律(除斥期間)がどうというより、『その被害の事実に向き合い救済すべきか考える」「訴訟を起こすことにも社会変革機能がある」と強調されたのが印象的でした。

 24献花.jpg被爆79周年の8月6日。早朝に原爆慰霊碑に献花。田村智子委員長、国会議員団、広島の皆さんとご一緒でした。
 その後、母校・広島国泰寺高校の一中原爆犠牲者追悼の碑、平和記念式典、核兵器廃絶世界大会広島デーと核兵器廃絶への国を超え、世代を超えた願いと運動を交流し、核兵器廃絶への確信と誓をいっそう固めた一日でした。
 24国泰寺.jpg平和記念式でも世界大会でも、核廃絶を「夢物語」として、安全保障のために核軍拡を進める核抑止力の現実性が大きく問われました。記念式の市長の平和宣言や知事、国連事務総長の挨拶でもそのことに触れ。ウクライナやガザなど核兵器使用のリスクが高まる現実こそ直視し、核兵器廃絶を求めるものでした。
 岸田総理の挨拶は、核抑止力に依拠する立場で、核兵器禁止条約にも触れない空虚なものでした。
 式典での小学生の誓いや世界大会での高校生をはじめとした若者たちの発言は、核兵器無き世界への希望を大きく広げるものでした。大会では田村委員長が挨拶。国会議員も壇上で紹介され、最後は恒例のフィナーレ。
庚午中.jpg 世界大会での発言した広島と愛知の被爆者団体の各理事長の佐久間さん、金本さんは広島市立庚午中の同級生で私の先輩。思いを一つスリーショットをとりました。

 原爆病院.jpg明日の8/6を前に広島原爆養護ホーム「舟入むつみ園」、第二日赤原爆病院、広島県被団協を訪れ慰問と懇談。被爆者が高齢化されている中、被爆の実相と核兵器の非人道性を次世代に語り継ぐ大切さがどこでも語られました。「非核の政府を求める会」の交流会にも参加。

 24鯉城関西.jpg大阪市で開かれた広島国泰寺高校の関西同窓会の「トーク&昼食会」へ。午後は、京都の「鴨川納涼」で広島県人会の皆さんと語らいました
 同窓会の冒頭、前身の旧制広島一中の原爆犠牲者に黙祷を捧げました。先週、母校の正門横の「一中原爆犠牲者追悼の碑」で行われた式典の報告もありました。94歳の大先輩は被爆当時の一中の二年生。建物疎開の作業のために登校してい一年生や勤労動員で市内の工場にいた二年生はほぼ全滅したが、市外にいた自分は生き残ったとして「先ほど黙祷を捧げたが、自分が捧げられる側になったかもしれない」と語られました。​
 私もトークに立ち「原爆犠牲者に黙祷を捧げ、追悼式の様子や先輩のお話を聞くと、核兵器のない世界を作ることがこの同窓会出身の国会議員である私の使命だと改めて実感した」とお話しました。
8.3.jpg「自民党ひどすぎる。がんばってや」と先輩方から声をかけていただきました。明日、明後日は広島に行き、平和記念式典や原水爆禁止世界大会に参加し、母校の「追悼の碑」にも立ち寄ります。
 京都に帰り、夜は「鴨川納涼」へ。猛暑の中ですが、河川敷には時折風も吹き、すごい人出でした。各道府県人会のテントもずらり並びます。広島県人会のテントでお好み焼きをいただきながら、県人会の役員の皆さんらと語らいました。

 今日は党本部で幹部会。大会決定、二中総決定実践の到達点を踏まえ、8月、9月の活動について議論し、明日の全国都道府県委員長会議に提起する報告を確認しました。小池書記局長から、7月は猛暑、豪雨の中で全党の奮闘があり、党員拡大では党大会後最大の648人。読者拡大では党大会後初めてHNともに前進し、Nで値上げの月に前進したのは51年ぶりとのこと。

 こうした到達を踏まえ 、深刻な行き詰まりとなっている自民党政治を終わりにするうえで、8月9月の活動が文字通り党の命運がかかった重大な意義があるとして、6点での問題提起。それをうけ、この間の取り組みの教訓や課題について活発な議論となりました。「共産主義と自由」の問題で対話が費がっていることが各地から報告されたのが印象的でした。

 産直メロン.jpg京都による戻り、夕食のデザートは「わたしのでんき」の産直メロン。 京都の農民連の産直センターの屋根に設置した太陽光パネルに出資したので、夏と秋に産直フルーツが10年間届きます。家族で毎年、楽しみにしています。美味でした。

 昨日は朝、京都から東京へ。議員会館で秘書の皆さんとの打ち合わせや資料整理など、あれこれ。

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