essay つれづれぐさ

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私の自宅は、吉田神社がある京都市左京区の吉田本町。
「徒然草」を書いた吉田兼好ゆかりの地です。
同じ吉田のまちからつれづれなるままに思いをつづりました。

 ジェンダー平等を4つのチェンジの一つに掲げた総選挙。先日、国会議員団ジェンダー平等対策委員会を開いて選挙での訴えや反響を交流し、さらに取り組みを強めることを確認しました。  9日には市民団体主催の女性差別撤廃条約選択議定書の早期批准を求める院内集会「広がる地方議会での意見書採択」に参加。選択議定書を批准すれば、人権を侵害された個人が最高裁でも救済されなかった場合、国連女性差別撤廃委員会に通報でき…
  長引くコロナ禍の中、いかがお過ごしでしょうか。来年こそは鯉城東京同窓会でおあいできるよう、政治の場でコロナ対策にしっかり取り組んでいきます。  さて、今年も八月六日は広島で迎えました。核兵器禁止条約が発効して初めての原爆の日。早朝に平和公園の原爆死没者慰霊碑に献花し、続いて広島一中死没者追悼の碑の前で核兵器廃絶を誓い、八時十五分に黙とうしました。 平和祈念式典では二人の小学六年生の「平和への誓…

国会での徹底審議を

総選挙後の初めての論戦の場となる臨時国会。政府与党は12月6日に召集して17日ま でのわずか二週間の会期で閉じる構えです。岸田総理の所信表明演説と補正予算に対す る衆参本会議での代表質問と予算委員会での審議だけを行い、一般の常任委員会は予算 関連法案がある委員会のみ質疑を行う方向だというのです。あまりにも短すぎます。 都議選もあり、通常国会は延長されずに6月16日に閉じてしまいました。その後、野党…
 「明かりがはっきり見えてきた」――新型コロナの感染爆発と医療危機が続く中での菅総理の言葉に「赤信号と見間違えのではないか」「国民の実態が分かっているのか」と厳しい批判の声が広がりました。  そんな中、総理が九月中旬に解散し自民党総裁選挙は先送りする意向という報道がながれ夜のテレビや朝刊各紙も一面で報道。永田町に一気に緊張感が走りました。ところが菅総理は、会見を行い、「今は解散する状況にはない」と…

八月六日、広島で

今年も八月六日は被爆二世として広島で迎えました.。 核兵器禁止条約が発効して初めての原爆の日。そして、原告全員が勝利した「黒い雨」訴訟の上告断念を勝ち取って迎えた日でもあります。前日に広島県被団協や黒い雨原告団の皆さんと懇談しましたが、被爆者の声と世論が国際政治を動かし、政府も県政も動かしたと喜びと確信に満ちた懇談となりました。  六日の朝は平和公園の原爆死没者慰霊碑に献花し、続いて母校、広島国泰…
「よし!」――思わず声を上げました。26日の午後4時過ぎ。テレビ画面に「『黒い雨』訴訟上告せず、政府方針」の速報が字幕で流れました。  地裁での勝利判決があったのは昨年の広島原爆の日の直前。八月六日に広島を訪れた際に「黒い雨」訴訟の原告団の皆さんと懇談すると、「川の向こう岸は『黒い雨』が認定され、こちら岸は認定されない。こんな認定基準はおかしいことを裁判所が認めてくれた」という喜びと共に「我々に残…
 四日投開票の東京都議選挙。日本共産党は現有を上回る19議席を獲得し勝利しました。国政も問う選挙として私も何度も支援に入りました。  選挙結果は自民党への厳しい審判となりました。同時にこの間の日本共産党の取り組みへの新しい共感の広がりを実感する選挙になりました。  五輪への子どもたちの動員をやめよの訴えは大きな反響を呼び、選挙中に中止を決める自治体が相次ぎました。  初めて選挙の応援弁士に立って下…
 大激戦の東京都議選挙。秋の総選挙をにらみ各党とも総力戦です。私も告示前から連日のように葛飾区の和泉なおみ候補の支援に入っています。  街頭で訴えていると人々の足が止まり、「がんばれ」と声がかかります。日本共産党への期待の高まりをビンビン感じる選挙です。  告示日翌日の各紙は、コロナ・五輪を最大の争点と報じました。東京新聞の一面は「コロナ・五輪 あすを問う」という大見出し。日本共産党の「五輪を中止…
 「国際課税強化、7月G20合意へ」――各紙が報じました。私は毎年のように、国境を越えて大儲けをしながら税逃れをしているIT巨大企業への課税について質問し、5月27日の外交防衛委員会でも求めたところです。ぜひ、実現させたい。  従来の国際課税のルールは恒久的施設がある場所で課税するというもの。そうした施設無しに儲けを上げるIT企業には市場国が課税できず、しかも法人税率が低い国に利益移転する税逃れが…
  長年にわたるたたかいが実りました。建設アスベスト(石綿)被害救済のための補償基金を創設する建設石綿給付金法案が3日の衆院本会議で、全会一致で可決されました。     私がアスベスト問題を知ったのは35年位前。大きな社会問題になる前でした。当時、京都で梅田勝衆院議員の地元秘書をしていて、京都建築労働組合の会合にお邪魔した際に要請を受けました。「これは深刻な問題だ」と、国会質問を準備したのが関わり…

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