国会質問

ホーム の中の 国会質問 の中の 2014年・186通常国会 の中の 外交防衛委員会

外交防衛委員会

○井上哲士君 日本共産党の井上哲士です。今日は、三人の参考人、急なお願いだったと思いますが、大変ありがとうございます。  まず、舩橋参考人にお伺いいたします。  先ほどドイツに行かれたときのお話をされて、日本で事故が起きたのを見て、どんな技術があっても避けられないということをドイツの皆さんが感じたというお話がありました。  実は去年、ドイツの連邦参議院議長がこの参議院に来られたときに、歓迎の晩さん会で御一緒した際に、ドイツが脱原発を決めたのはやはりチェルノブイリの影響が大きかったんですかと聞きますと、それも大きいけれども、比較的遅れた工業国のロシアではなくて日本のような国で事故が起きたのを見て、我々はやはり事故は避けられないんだと思ったということを言われました。ですから、本当にドイツの中で共通の認識ができているんだなということを改めて感じたわけですが、その土台になったのはやはり倫理委員会の報告だと思うんですね。  我々、国内で、政治の場でこの原発問題を議論するときに、この倫理という切り口というのはなかなか日本では出てこないわけです。今の多分いろんなところを動員するということの関係もあると思うんですが、こういう言わば倫理というような切り口も含めて、ドイツがああいう議論をしたことと日本の政治と比較をされてどのような課題が、輸出問題も含めてあるかということをまずお願いしたいと思います。

○参考人(君) 私たちはやはり倫理の問題、非常に重要だと思いまして、原子力市民委員会で政策を体系的につくる場合に、どういう倫理的原則が大事なのかを改めて議論しようということで議論を整理いたしました。それで今回は序章の十六ページとか十七ページとかに書いてあるわけですね。それで、特に十七ページで私たちは、社会的道理性ということを考えないと適切な政策にならないだろうということを申し上げているわけです。  とかく技術中心の問題は経済的効率性だとか利潤だとかそちらに議論は偏っちゃうんですが、安全性は言うまでもないんですけれども公平性、特に地域の間の公平性、それから世代の間の公平性、それから発言や決定に関する公正さ、そういうことを重視しなきゃいけないと。一貫して市民の立場からすればそういう倫理的原則が大事だと。  特に、今日の議論でまだ余り議論をされていないことは、放射線被曝の問題の深刻さをどう考えるかということが、どうも日本の政策決定中枢ではぼやっとしか捉えられていないんじゃないかという疑問を持つわけです。  私はドイツに行ったときに、今回非常に発見いたしましたのは、ラインスベルク原発を見学しました。それから、それを所管している、あっ、失礼、ブランデンブルク州ですね、そうです、ラインスベルク原発を所管しているブランデンブルク州の行政当局にも会ってお話を聞いたんですが、ドイツでは倫理ということとか安全とか健康とか非常に神経質で、被曝労働を計測するために作業員に全部線量計二本付けさせていると。一本は事業者がその情報を管理する。もう一本は、その線量計については封印、事業者には封印されていて、行政がダイレクトにその情報を得てやると。だから、つまり必ずダブルチェックしていると。それがドイツでの安全性とか被曝を避けるというときの倫理的な発想からすると当然の原則であると。いや、日本はそういうことはやっていませんと言ったら、えっと驚かれたんですね。  ですから、いろんな意味の倫理的文脈はあるんですが、被曝労働を最小化するという側面からも是非国会でいろいろお考えいただきたいというふうに思います。

○井上哲士君 ありがとうございました。  先ほどの御意見の中で、日本の新しい基準のことについて触れられました。盛んに総理などは世界一厳しい基準でということを言われるわけですが、実は劣っているんだという四つの点を言われました。  お時間がなかったようなので、その点についてもう少し詳しくお話しいただけますでしょうか。

○参考人(舩橋晴俊君) 恐縮ですが、百六十五ページを御覧いただけますでしょうか。これは、私どもの六十名の中のうち十五名ぐらいが技術者です。元メーカーの技術者も大勢います。その方たちに非常に精査していただきました。  それで、百六十三ページですね、済みません、百六十三ページの表の四の三ということを見ていただくと一目瞭然なんですが、ヨーロッパの欧州加圧水型原子炉、EPRの安全設備の条件と今の日本の新規制基準どう違うかというと、例えば安全上重要な系統設備の多重性ということについて、EPRは独立四系統を要求していると。日本の新規制基準は独立二系統です。  それから、EPRではコアキャッチャーを要求しているんですね、原子炉圧力容器内に流出した溶融炉心を格納容器内の貯留設備、これは設置しなきゃいけない。新規制基準にはその要求はありません。  それから、EPRでは格納容器熱除去設備の設置も要求しています。新規制基準には、日本はやっていません。  それから、頑健な原子炉格納容器ということで、EPRでは大型商用航空機衝突に耐え、設計圧力を高めた二重構造の格納容器の設置を要求しています。こういうことは日本ではやっていません。  非常に具体的に日本の新規制基準はヨーロッパと比べても明確に劣っているもので、これを世界最高水準だとおっしゃるのは非常に錯覚、あるいは無知、あるいは言葉は悪いですけれども、うそをついている。だから、よろしくないです。そういうことは政府の関係の方に使っていただきたくないですね。

○井上哲士君 ありがとうございました。  今の表の上に、なおかつ、EPR水準の安全対策を備えたとしても、その有効性の実証は十分になされておらず、過酷事故による放射線災害リスクがあることに変わりはないと書いてあることも大変重要だなと思って見ておりました。  次に、田辺参考人にお聞きしますが、今日の午前中の質疑でもトルコ国内の世論をどう見るのかという点で、政府は向こうの関係者などからも話も聞いて、おおむね支持をされていると、こう言われるわけですね。しかしながら、いろんな世論調査もありますし、私どものところにもいろんな署名等も届いております。  トルコ自身の今の政治状況とか、ツイッターなどが規制されているとか、いろいろな状況から見ましたら、必ずしもそういう世論が目に見える状況にない部分はあろうかと思うんですが、そういう、おおむね支持をしているというような状況にあるのかどうなのか、具体的ないろんな接触の中で、情報などを教えていただきたいと思います。

○参考人(NGO「環境・持続社会」研究センター(JACSES) 理事 田辺有輝君) 私も午前中の議論は聞かせていただきました、インターネットで。  おおむねという言葉は適切でないというふうに思っていまして、これは世論調査などで六割から八割の方が反対しているということが一つありますし、それから現地の市長が反対を掲げて勝っているということ、それから現地で繰り返しデモが起こっていること、要請書なんかも、我々と現地の間で地元住民の方の要請書を集めたんですね。人口四万人のシノップの町なんですが、一週間で三千件の署名を集めてくださったんです。これは、もっと続ければもっと集まるとは思うんですが、極めて速いスピードでそのような署名が集まったということから考えれば、おおむねということは不適切だろうというふうに考えております。

○井上哲士君 ありがとうございます。  最初の御意見の中で、果たしてこの原発というのが成長産業なんだろうかという問題提起があり、そして現実でいうと、言わば国際的には設置、稼働などは頭打ち、むしろ下がっているというふうな提起がありました。一方では、推進する皆さんはどんどんどんどんこれからも増えていくんだという議論をされるわけですが、どこにその見方の違いがあるのかなという点、いかがでしょうか。

○参考人(田辺有輝君) まず一つは、計画がたくさん、近年になって計画自体が数が増えていることは、そのとおりなんです。問題は、その計画がどこまで現実に建設それから運転に至るかどうかということと、それから、そこの中でどこまで日本企業がそこに関われるのかどうかという点で先ほどの発言をさせていただいたんですが、計画の中で実現するものもあるだろうというところは、新興国のエネルギー需要を考えれば今後増えていくということは、多少増える可能性はありますが、その中で、果たしてじゃ日本企業がどれだけ受注できるのか。そのほとんどの計画の多くが結局ロシア、中国、韓国なわけですから、そこら、日本国内で建設ができない以上、できない限り、なかなか日本企業にとっての市場というのは厳しいんだろうなというふうには考えております。

○井上哲士君 ありがとうございました。  服部参考人にお聞きいたします。  日本の規制基準が三・一一前後でどう変わったのかということで先ほど来も議論もありましたが、シビアアクシデントマネジメントができていなかったということは、これは共通認識だと思うんですね。私も三・一一以降いろんな質問をする機会もありましたが、なぜ日本でシビアアクシデントマネジメントが規制事項になってこなかったのかと、当時の保安院の院長にも質問しましたけれども、結局、世界的にはチェルノブイリやスリーマイルアイランド事故以降規制事項になったのに、日本がやらなかった。言わば、原子力業界の、おもんぱかったという趣旨の答弁でありましたし、それから、国会事故調自身も、結局規制機関がそういう推進勢力のとりこになっていたと、こういうことを言ったわけですね。  ですから、先ほど議論になったようなシビアアクシデントマネジメントが規制事項になっていなかったというのは、明らかにやはり電力業界の要求が大きな要因だったと私は思うんです。そのことが結局、目先のいろんなそれに対する対策などを軽減することによって、大変大きなこういう被害をつくってしまったということが起きたと思うんですが、そのことへの反省というのが、今の再稼働などを見る、原子力、原発、電力業界の対応を見ていますと、私には余り感じられないんですが、その点はどうお考えでしょうか。

○参考人(日本原子力産業協会理事長 服部拓也君) これも大変重要な御質問だというふうに認識をしておりまして、日本の規制基準というのは、どちらかといえば決定論的な考え方に基づいてそれで規制というのが行われてきたんです。ところが、世界の趨勢は、とりわけアメリカで一九七五年にWASH一四〇〇という確率論的な評価をするようなレポートが出て、自来、いろんな事象を確率論的に評価をして、どれだけのリスクがあるかということを評価をして必要な対策を講じると、そういう流れになってきたわけです。  そういうものを受けて、日本国においても、いわゆる設計基準事象というか設計基準事項を超えたエリアにもまだ残余のリスクがあるという認識はしておりました。しておって、そういうものに対して何も対応をしないということは、これは安全確保という観点からは好ましくないという考え方に基づいて、電力は自主的にこの点について取り組んできたのが一九八〇年代の半ばであります。  それからいろんな議論があって、最終的にこれを規制の要求とはしないで電力の自主的な対応にするということが判断をされたのがたしか九二年だったと思いますけれども、そこに至った過程では様々な訴訟だとか裁判だとかいろいろなことがありましたので、そういうものとの関係において、なかなかこれを規制の要求事項とするということの難しさというのがそういう観点からあったというふうに聞いておりますけれども、いずれにいたしましても、規制の要求であろうとなかろうとこれをやるというのは、これは電力の、電力といいますか事業者の責任であります。  だから、規制の要求がここまでだからそれで十分だということでは決してなくて、規制の要求を超えてでもそれを自主的にやるという必要があって、今まさにそういう議論が積極的にやられておりまして、確率論的な安全評価をした上で必要な対策を取っていくと、それが規制の要求であろうとなかろうと。  それで、リスクというものから正面から向き合って、原子力をやるからには必ずリスクというものがあるんだと。そのリスクが許容できるようなレベルなのかどうかということについての議論をもっと深める、いわゆる安全目標の議論、これを同時並行的に深めながらこれを必要な対策を取っていくと、自主的に対策を取っていくと。これが電力が求められている、電力というか事業者が求められていることだというふうに思っておりまして、そういうことで今努力をしているところでございます。  したがいまして、この辺につきまして改めて国民の皆様方に十分説明する責任があるというふうに思っております。

○井上哲士君 ありがとうございました。時間ですので終わります。

 

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