活動日誌

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 IMG_5872.JPGIMG_5871.JPG京都7:10発の近鉄で三重県名張市へ。今日告示の市議選で現職の三原じゅん子、たきた利治両候補の応援です。定数2減で6人はみ出しの大激戦。

 総理の改憲加速発言から最初の選挙で、自民党市議が「日本会議」の支部役員に就いており、選挙結果は憲法に直結します。負けられません。

 暮らし守り、改憲許さぬ一票は日本共産党両候補へ! と訴え。

 その後、7日以来の国会へ。たまった資料の整理や今週の講演の準備など。

 記帳.jpg京都を午前中に出て名古屋へ。まず栄の中日ビルにある沖縄県名古屋駐在に設置された翁長県知事追悼記帳所へ。心からのお悔やみと遺志をついでたたかう決意を込めて記帳しました。合掌

 午後から、『女性のひろば』の企画で「市民連合みえ」の呼びかけ人の1人である岡歩美さんと対談。安倍政権がなぜ続いているのか、市民と野党の共闘はどこまで進み、これからの課題は何かなど語り合いました。

 IMG_5840.JPG夜は京都に帰り、五山の送り火を鑑賞。20時から次々と火がともります。自宅近くから大文字を眺めました。夏も終わりです。

終戦記念日

中国新聞.jpg 広島に帰省中。今日、終戦記念日の中国新聞テレビ欄。広島カープの試合を中継するRCC中国放送は毎年、縦読みの工夫をしいます。今年は、「野球ができる平和に感謝!」

還暦同窓会

同窓会.jpgあ~楽しかった(^o^)/。昨夜は広島市内のホテルで広島国泰寺高校のS52年度卒業生の還暦同窓会でした。150人近く集まり、多くが卒業以来42年ぶりです。

 厄除けのお祓いと獅子舞で始まり、元生徒会長の開会あいさつ。乾杯後は、思い出、近況から当時は語れなかった事まで話は尽きません。最後は私が応援団長でシメ。 

 わが四組はクラスの半数が参加。二次会では近況報告をし、三次会では、高2の合唱クラスマッチで歌った竹田の子守唄で始まり、陽水、チューリップ、拓郎からキャンディーズまで青春の歌を爆唱しました。 

 IMG_5834.JPG京都一巡夏キャラバン最終日。7/25の京都市西・右京区から始まり、今日のた。酷暑の中、倉林参院議員や地方議員の皆さんと街頭演説や集いで訴え(写真は今日の山科区音羽)。

 私は途中、長野、富山、静岡、愛知、広島、長崎と回り、キャラバンは5日間の参加。たくさんの激励を頂きました。

 最終日の今日は、午前中、東山区の新熊野神社参集殿での集いに倉林さんと共に参加した後、二ヵ所で街頭演説。お昼は、保育園の保護者会を一緒にやった方のうどん屋さんで。

 午後は山科区の音羽公会堂での集い。平日昼間にもかかわらず50人も集まってくださいました。

 贈り物.jpg夜は山科区日本共産党後援会の総会での国会報告の後、全府の女性後援会の総会へ。挨拶の後、各後援会から甚平、ビール、冷たい枕カバー、ゼリー、お菓子など贈り物をいただきました。「甘いもので元気付けて、夜は甚平でビールをぐいと飲み、冷たい枕でぐっすり寝て、がんばります! 」とお礼の言葉。

 長崎式典②.jpg長崎市の原爆被害者追悼平和祈念式典に参列しました。国会から市田副委員長、紙、仁比、田村、本村各議員が参列し、岡山大の小松教授もご一緒です。各界からの献花があり、日本共産党から市田さんが献花。原爆が投下された11時2分に黙とうをささげました。

 長崎の式典に初めて国連事務総長が参列されました。グテレス総長の挨拶、田上市長の平和宣言、被爆者代表の田中被団協代表委員の「平和への誓い」、いずれも素晴らしいものでした。田上、田中両氏は総理を目の前にして核兵器禁止条約に反対する政府に対し、条約への賛同を強く求めました。

 長崎式典.jpg総理の挨拶は広島と同じで、禁止条約にも朝鮮半島での非核化の流れにも全く触れない異様なもの。会場の反応は明確でした。田上、田中、グテレス各氏へは長い拍手がありました。とくに田中さんには長い拍手が続きました。これに対して総理への拍手はごく短い、儀礼的なものでした。

 終了後、中心公園にいき爆心地の慰霊碑に手を合わせ、原爆資料館にも立ち寄りました。平和宣言でも、長崎の運動を牽引してきた2人の被爆者、土山、谷口両氏が昨年亡くなったことが触れられました。被爆者の高齢化の中、禁止条約の早期発効が強く求められています。

 さまざなま思いを胸に、空路で伊丹を経由し京都へ。

 

 

 

 IMG_5829.JPG京都一巡夏キャラバンで京都市北区、上京区で倉林明子参院議員と共に街頭演説に立ちました。北区では井坂ひろふみ市議の司会で行い、浜田よしゆき府議もご一緒でした。暑い中、聞いていただいた皆さん感謝です。

 私は、広島での平和祈念式典、原水爆禁止世界大会が、核兵器禁止条約採択、朝鮮半島の非核化プロセスの開始という激動の中で開かれ、この流れを前に進めようという挨拶が相次いだにもかかわらず、安倍総理の挨拶だけが一切触れない異様なものだったことを紹介。

 三月の予算委でも総理に突きつけた「あなたは一体どこの国の総理か」という言葉が、世界大会でも参加者全体のものだったと強調し、「さすがに被爆国政府だ」とみんなが思えるような政権に変えようと呼びかけました。

 終了後、神戸空港に向かい、空路長崎へ。到着した時に、翁長沖縄県知事の「意識混濁」というニュースが入り心配していましたが、夜には死去の報が。残念です。無念です。翁長さんも、どんなにか無念なことか。

 亡くなる瞬間まで、辺野古の新基地を許さないために文字通り命がけのたたかいをされてきた翁長さん。必ずやその遺志を継ぐ知事をオール沖縄の力で誕生させなくてはなりません。合掌。

 京都を早朝に出て国会へ。午前中、ジャーナリストのIMG_5826.JPGさんから国会内でインタビューを受けました。朝鮮半島で軍事対立から対話による平和解決へと激動がおきる中、日本だけが阻害されているのはなぜかというテーマ。

 九条敵視の安倍総理の姿勢や軍需産業との利益関係、米国言いなりの問題など様々な角度でお話し。韓国の雑誌に掲載されます。

 午後から四連続の会議、打ち合わせ。議員団会議では、赤嶺議員から沖縄の辺野古新基地、沖縄統一地方選を巡る争点と情勢について報告を受けました。絶対に負けられないたたかいがそこにある。

 夜の新幹線で京都へ。

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