活動日誌

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「演説会・選挙応援」の記事

IMG_1278.JPG 京都を朝出て、7/23投票でたたかわれる市議選勝利の演説会で三重県松阪市へ。現職の久松みちお、新人のくりたに健一郎、とのむら峰代の三人で現有議席絶対確保の選挙です。

 ゆがんだ同和行政の終結、市の焼却施設建設で100億円の節約、水道料金の値下げなどなど、市民とともに成果をあげてきた市議団。加計や森友問題に加え、憲法も自分の野党のために変えようとする安倍総理の国政私物化と対決する国会論戦を紹介し「国政でも市政でも私物化や不公正許さず、暮らしと平和守る党を」と訴えました 

  IMG_1235.JPG京都を朝出て福井市へ。藤野保史衆院議員、一区かねもと幸枝、二区さるはし功各予定候補とともに街頭演説会で訴え。「ピース福井」の屋敷共同代表も日本共産党への期待を語ってくださいました。

 藤野議員は、共謀罪での衆院法務委員会での論戦を生々しく語り、参院で何としても廃案にと訴え。一区は稲田防衛相の地元、二区は世界一の原発集中地域です。私は、森友、加計問題での徹底解明を強調し、「福井から共謀罪、九条改悪ノー、原発ゼロの審判下し、比例北陸信越ブロックで二議席を」と呼びかけました。

 金沢駅.JPG終了後、藤野議員と共に金沢へ移動。金沢駅前での街頭演説会で一区黒崎きよのり、二区本田正和、三区鈴木こうた各予定候補と一緒に訴えました。

 私は、共謀罪や原発問題での藤野議員の大活躍を紹介し、比例二議席実現、石川県での市民と野党共闘の勝利を呼びかけました。

 選挙前はゼロだった衆院法務委員が今は二人になり共謀罪論戦で活躍。日本共産党の躍進は国会を変えると改めて実感。

 IMG_1170.JPG東京を朝出て福島市へ。13時から駅近くでふなやま衆院比例候補、斎藤一区候補と共に街頭演説会。気温はなんと31℃。暑い!昨日の共謀罪の強行採決への怒りにあふれ、たくさんの皆さんが参加してくださいました。共謀罪廃案、九条改悪阻止、原発ゼロへ。市民と野党の共同、日本共産党の躍進訴えました。

 車で約2時間で次のいわき市へ。ふなやま比例候補、熊谷五区候補と共に2カ所で街頭演説会。冒頭、先日なくなった長谷部淳前県議への追悼の言葉を述べました。大学の2年後輩で一緒に活動し、日本の未来を語り合った長谷部さん。その思いを胸に刻んでがんばります。

 いわき.JPG辞職した前復興大臣の後任で、吉野大臣じもと。なんと所信挨拶に原発事故の言葉がありませんでした。再稼働や輸出のために原発事故を終わったことにする安倍政権の姿勢そのもの。現職大臣破った参院選に続き、野党共闘で勝利し、大臣落とし比例躍進で高橋さんに続き船山さんを必ずと訴えました。

 終了後、支部センターで懇談。常磐線で東京着は22時前でした。

 今日の訴えで共謀罪は廃案に、憲法9条改悪許すなの訴えに大きな拍手がありました。でも一番の拍手は、被災者の声を示して今村前復興相の「自己責任」発言を批判した岩渕友議員の本会議初質問に議場が静まりかえったと紹介し、「福島から送って下さりありがとう」と述べたとき。皆さん喜んでおられると肌身で感じることができました。いいぞ!

 

 IMG_1122.JPG京都を朝出て長野市へ。長野、上田両駅前での街頭演説会で、西沢比例候補、衆院一区・長瀬、二区・清沢、三区・小金沢各候補と共に訴えました。それぞれ350人、300人皆さんが集まってくださいました。

 まず、「今日は母の日。戦争で我が子を失った母親の思いが憲法に刻まれ、母親運動、『ママの会』へとつながってきた。安倍総理の企む九条改悪は絶対にやめさせよう」と呼びかけ。

IMG_1123.JPG 九条三項として自衛隊を書き込むという安倍提案の狙いや共謀罪の国会論戦についてお話し。市民と野党の共闘の前進と勝利、日本共産党の躍進を訴えました。

 

  午前中は京都教職員組合女性部の総会で挨拶。議案書を見ると、清水寺の山門前で取り組みで来られた6.9行動は実に1200回を超えたとのこと。そうした草の根の署名活動が国際政治をうごかし、核兵器禁止条約の国連会議に結実していること、教育勅語の礼賛など戦争する国づくりと一体の動きについてお話しました。

村上投書.jpg 午後は京都市伏見区で衆院京都三区の演説会。10月に市議選のある乙訓地域の長岡京市議団・予定候補の皆さんの紹介と決意表明があり、馬場府議の府政報告に続き、金森亨三区候補が訴え。続いて、私が訴えました。

 会場には、4/17付「朝日」の「妹に薬飲ませ...失った記憶」という戦争体験の投書が反響を呼ぶ村上敏明さんの姿がありました。私は投書を読み上げて紹介し、「二度と戦争は許さないという思いが刻まれた九条踏みにじる政治は許さない」と長岡京市議選勝利、総選挙での市民と野党の共同、日本共産党の躍進を訴えました。

 DSC_0264.jpg終了後、村上さん、金森さんと共に写真。 

 

 精華町.jpg昼過ぎに自宅を出て、精華町へ。5/14投票で町議選がたたかわれます。前回、定数4削減の下、定数18中4議席を維持。都議選、国政選での躍進へと続きました。今回も必ず全員勝利で安倍暴走政治ストップ、暮らし守る町政をと、かつしま(新)、松田(前)、ゆうき、佐々木(以上現)の4候補、上条6区候補と共に訴えました。

 訴えた後に途中で退席し、京都市内で開かれた「上原裕美子さんお別れ会」へ。ぎりぎり最後に間に合いました。地元の皆さんをはじめ、近藤府議会議長、山内、山下両副知事をはじめ議会、行政関係者も参列して下さり、上原さんの地元の伏見地区委員会の元地区委員長だった市田副委員長もお別れの言葉を述べられました。

 18033999_1900274806916960_570148848962359196_n.jpg私は皆さんのお別れの言葉を聞くことはできませんでしたが、上原さんのトレードマークだった笑顔の写真に献花してお別れしました。

 今日は前福島県議の長谷部淳さんのお通夜もいわき市で行われています。京都から哀悼の意を捧げました。合掌。 

IMG_0909.JPG 夕べ遅く到着した新潟県の十日町駅前のホテルを朝出て、本日告示の市議選の応援。安保和寿、鈴木隆雄(以上現)、ひぐち清司、滝沢しげる(以上新)の四候補で、現有三議席から一増をめざします。

 「教え子を再び戦場に送らない」との思いで一月に入党された元教員、ひぐち候補の第一声で訴えた後、安保候補と共に街頭演説。参院野党統一候補で勝利した森裕子議員からのメッセージが届き、街頭演説では自由党の代表も弁士に立ってくださいました。

 長岡市.JPG午後は長岡市で西沢博比例候補と共に「共同の輪を広げ 新しい政治を! 女性のつどい」に参加。米山知事勝利を導いた街頭パフォーマンスの再現もあり、新潟の市民と野党の共闘はさらに前進中と実感した一日でした。

 終了後、東京へ。暑い一日でしたがまだ雪の残る十日町市の田んぼの上を通ってくる風は実に爽やかでした。

 IMG_0849.JPG京都を朝出て富山市へ。明日投票の市議選の応援で吉田おさむ、中山雅之、小西直樹格候補と街頭演説をしました。政務活動費不正での大量辞職による昨年11月の補選で得た2議席を加え、4議席絶対確保の選挙。20人はみ出しの大激戦です。

IMG_0864.JPG小西なおき.JPG 「4人当選で不正解明も議会改革もさらに前に進め、市民の声届く議会に」と市内六カ所で訴えました。終了後、明日告示の新潟県十日町市議選の第一声のため移動。

IMG_0836.JPG外交防衛委員会で米国のシリア空爆について質問。化学兵器はアサド政権が使用したとの認識かと聞くと外相は、「国際機関が調査中」との答弁。空爆の国際法上の根拠はと聞くと総理は「アメリカから聴取中」との答弁。

つまり、何の根拠もなしに、アメリカの空爆を「支持」し「理解」したことになります。安倍総理の米国追随の害悪が浮き彫りになりました。

 IMG_0786.JPGその後日米、日豪、日英ACSAについて反対討論。残念ながら、与党と維新の賛成多数で可決しました。

 12:30から日印原子力協定の撤回・廃案を求める院内集会に参加し挨拶。午後からの衆院本会議で趣旨説明質疑が行われるはずでしたが、昨日の厚労委員会における強行採決をめぐって与野党協議が続けられ、本会議は開かれませんでした。

 IMG_0808.JPG3時前に国会を出て、16日投票の富山市議選の応援でとんぼ返り。政務活動費不正による大量辞職に伴う補選での二議席加えた四議席でたたかっています。

 この力で、議員報酬10万円引き上げ撤回、費用弁償の廃止、中三までの医療費の完全無料化など、半年で次々と成果を上げてきました。赤星、中山両候補と共に「不正全容解明、市政の転換へ全員勝利を」と訴えました。

  富山・中山.JPG最終の新幹線で東京へ。宿舎着は24時前でした。

 IMG_0771.JPG長野県飯田市議選告示日。現職の小倉高広候補の第一声で訴えた後、古川仁、後藤壮一各候補とそれぞれ街頭演説会で訴えました。市政では「リニアを見据えるのではなく、住民の暮らしを見据えた政治を」が大きな争点です。

 同時に、国政に対しても声を示す選挙。塚本幼稚園が行っていた教育勅語を暗唱させるような教育が安倍政権の下で復活が狙われ、現代版治安維持法である共謀罪の審議入りが強行されたことを告発。

 IMG_0785.JPG長野県ではかつて、白樺派の影響もあり自由主義的な教育が広がっていましたが、1933年2月4日以降、200人以上の教員を含む約600名が治安維持法で検挙されました。2.4事件です。以降、国策に従う教育が徹底され、長野県からは全国で一番多くの若者や住民が満蒙開拓に駆り出されたのです。

 特に県南地域からは多くの人々が動員されました。隣の阿智村には満蒙開拓記念館もあり、「二度と戦争をしてはならない」という思いが地域に刻まれています。私は「二度と戦争への道を歩んではならない、戦争する国への道、現代版治安維持法の共謀罪許すなの声は日本共産党へ! 」と心をこめて呼びかけました。

 IMG_0782.JPG終了後、中津川まで車でおくってもらい、名古屋経由で東京へ。

 ところで、前泊した昨夜のこと。名物は何かと調べると、飯田市の人口一万人当たりの焼肉店舗数は五軒以上で、全国の市の中で第一位!意外です。昔から畜産や狩猟が盛んだったことや、陸の孤島で色々なたんぱく質をとる習慣があったなど様々な肉の食文化が混ざり合ったため、とのこと。次来た時は食べよう。

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