活動日誌

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「外交安保・核廃絶」の記事

 7.19福井駅前.jpg毎月第三金曜日は北陸信越ブロックのいっせい宣伝。昨日は福井県で訴えました。朝一番は福井駅前で、比例代表のたいらさん、福井一区のかねもとさんの両予定候補とともに街宣。新幹線で敦賀に移動し、山本、松宮両市議と共に市内三カ所で訴えました。
 昨日の参院国交委員会の能登半島地震被害状況について報告。志賀原発のトラブルや珠洲原発予定地だった付近の海底の隆起の状況もお話して、地震大国日本に安全な原発はなく、避難計画も絵にかいた餅であること明らかになった。福井県内の老朽原発の再稼働ではなく原発ゼロをと呼びかけました。
 7.19敦賀.JPG政府による敦賀港の「特定利用港湾」への指定を県が受け入れたことに対し、前日に戦争する国造り反対福井県連絡会」が申し入れをしたこともお話ししました。自衛隊などが有事(戦時)に使用することを前提に国が改修や整備をする空港・港湾。戦時に加え平時から自衛隊が訓練や人員・物資の輸送などで軍事利用しやすくするのが目的です。岸田政権が進める「戦争国家づくり」の一環であり、有事には攻撃の対象となる恐れがあります。
 敦賀マンホール (2).jpg敦賀市内三カ所に、広島国泰寺高校の後輩のイラストレーターの松尾たいこさんのイラストのマンホールがあります。気比神宮前でパチリ。イラストは、「敦賀港ムゼウム」をモチーフにしたもの。
 敦賀は1920年代にポーランド難民が、1940年代に「命のビザ」を手にナチスから逃れたユダヤ人の人々が上陸した日本で唯一の港。当時の建物を復元した資料館が「人道の港 敦賀港ムゼウム」です。特定利用港湾の受け入れは、「人道の港」としてきたこととも相いれません。
 午後に京都の自宅に戻り、非核政府を求める会のZOOMによる事務局会議に参加しました。

 1721110533319.jpg韓国の尹徳敏(ユン・ドクミン)駐日大使の日韓議員連盟主催の歓送会に参加。挨拶に立った志位議長は、五月に大使と会談し、党の「東アジアの平和構築への提言」について説明したことなどを紹介。両国の友好の発展に尽力された大使に感謝の意を表しました。

 夕方には議員団会議が開かれました。

 

今日は日本共産党の102回目の誕生日。そんな日に許しがたいニュースが。アメリカ西部ワシントン州のシアトルで、広島の「原爆の子の像」をモデルに建てられた少女の銅像が、足の部分から切断され、なくなっているのが見つかり、警察は窃盗などの疑いで捜査しているとのこと。

 広島育ちの被爆二世の私の入党の一番の動機は、核兵器のない世界をつくること。1990年に建立さたシアトルの「サダコ像」がモデルにしたのは広島の平和公園にある「原爆の子の像」。被爆して白血病によって12歳で亡くなった佐々木禎子さんをしのぶために同級生らがカンパを募って建立したものです。

 「原爆の子の像」が建立された1958年5月5日は私の誕生日。私にとって特別の思いがあります。悲しい。銅が高騰していることで売買目的ではないかとされていますが。いかなる理由であれ許されません。

 議員宿舎で本日〆切の原稿の執筆などなど。

 

 

24026.jpg議員会館で開かれた「日本政府に核兵器禁止条約の署名・批准を求める署名」の共同提出のつどいに昨日、参加。第4次分の14万7918人分累計156万5317人の署名を全国から集まった皆さんが一言ずつ自分の思いを発言して外務省に手渡しました。
 同条約が採択された七年前の国連会議の時と同じネクタイを締めて参加。広島国泰寺高校の先輩であり、被爆者であるデザイナーの三宅一生さんのネクタイです。挨拶で、国連会議で、世界を動かした被爆者の訴えへの敬意が次々と示されたことを紹介しながら、「被爆者の声を一番知っている日本政府こそ、条約に参加して役割を果たすべき」と強調しました。
 日本原水爆被害者団体協議会の児玉三智子事務局次長は「両親、ふたりの弟、娘を次々がんで亡くした。次は自分の番か」と不安を語り、地獄を見た被爆者の実相を日本政府が世界に訴えていただきたいと要請されました。児玉さんは広島市立古田小学校の先輩。その思いは胸に刺さりました。
優性保護1.jpg 旧優生保護法fは憲法違反――障害などを理由に不妊手術を強制した同法について最高裁判所大法廷が判断を示し、国に賠償を命じました。直後に院内で開かれた報告集会に参加。原告や支援の皆さんの喜びにあふれました。
 同法を我が党を含め全会一致で成立させた国会の責任も問われています。臨時国会が開かれれば、すべての被害者を救済する法的措置を行う必要があります。
 今日は偶然にも、2013年に違憲判決が示された法律が直ちに改正された経緯について米国の大学で学ぶ日本人女性からインタビューを受けました。成年被後見人になると選挙権を奪われるのは違憲だとの訴えでの判決です。原告や弁護団からも直接お話を聞き、法務委や倫選特で四度にわたり質問。判決後すぐに全会派一致の議員立法で法改正が行われました。改めて当時を振り返りました。
 午前中は男女共同参画の視点に立った災害時の避難所運営等につて、能登半島地震での取り組みと課題等について内閣府よりレクを受けました。
 土地規制2.jpg続いて土地利用規制法について「市民と議員の合同ヒアリング」と市民集会に参加。今回が第八回目。指定が一巡したことを受け、住民への説明が行われていない問題をはじめ運用面で明らかになった問題を政府の担当者にただしました。
 悪法成立後に運動が下火になることが少なくありませんか、法施行後もこうした系統的に粘り強くただしていく取り組みは重要です。参加した党の地方議員の皆さんらとパチリ。
 

 24.6.24被団協3.jpg日本原水爆被害者団体協議会の皆さんと田村委員長はじめ党国会議員団の懇談会。「『原爆被害への国家補償』を実現すること」「核兵器の禁止、廃絶を実現すこと」などの要請書をうけとり、参加された全国の被爆者の役員の皆さんから被爆体験や要望をお聞きしました。

 私は懇談の中で、最近読んだ1963年の「原爆裁判(下田事件)」の判決について触れました。判決では被爆者である原告個人の損害賠償請求権は認めなかったものの、「アメリカ軍による広島・長崎への原爆投下は国際法に違反する」とした最初の判決として有名です。

 24.6.24被団協2.jpgさらに判決は、「被爆者個人は損害賠償請求権を持たない」が、「国家は自らの権限と責任において開始した戦争により、多くの人々を死に導き、障害を負わせ、不安な生活に追い込んだのである。しかもその被害の甚大なことは、とうてい一般災害の比ではない。被告がこれに鑑み十分な救済策を執るべきことは、多言を要しないであろう。それは立法府および内閻の責務である。本訴訟をみるにつけ、政治の貧困を嘆かずにはおられない」と述べている。

 この判決が、その後の被爆者援護施策や原水爆禁止運動の前進につながつた意義については何度も聞いてきましたが、判決そのものを読んだことがありませんでした。しかし、大評判のNHKの「虎に翼」のモデル三淵嘉子さんが判事として担当したしたことを知り、それについて書いた本を最近読みました。その本に掲載された判決文を初めて読んで驚きました。国は原告の訴えに対して反論していますが、その中でこう述べているのです。

  広島・長崎での原爆投下で多数支障の結果を生じたことは「まことに痛恨事」としたうえで、原爆投下を直接の契機として日本国はそれ以上の抵抗をやめてポツダム宣言を受諾して無条件降伏し、第二次世界大戦が終結したとし、「このように原子爆弾の使用は日本の降伏を早め、戦争を継続することによって生ずる交戦国双方の人命殺傷を防止する結果をもたらした。かような事情を客観的にみれば、広島長崎両市に対する原子爆弾の投下が国際法違反であるかどうかは、何人も結論を下し難い」。

 なんと、投下直後から米国政府が述べ、今も続く「原爆投下が戦争終結を早め、人々の命を救った」という原爆正当化論と同じことを日本政府が裁判の中で述べているのです。そこには、核兵器は人類と共存できない非人道的兵器であるという立場はありません。

 今も続く、原爆の被害を過小評価し、米国の「核の傘」を容認して核兵器禁止条約に参加しない日本政府の姿勢の土台はこの時から変わっていないのではないかと憤りを感じたことをお話しし、「『原爆被害への国家補償』を実現すること」「核兵器の禁止、廃絶を実現すこと」にご一緒に全力を挙げることを誓いました。

  午前中は志位議長のオンライン講義「自由に処分できる時間」と未来社会論を視聴しました。

 

 

 

 

 6.20ミャンマー.jpg今日から都知事選がスタート。蓮舫さんの街頭演説会はすごい勢いです。立憲民主党の議員から会館の部屋に室内用ポスターが届き、早速、田村委員と並べて貼りました。
 朝八時から、 「ミャンマーの民主化を支援する議員連盟」総会に山添議員と出席。ミャンマー国内の避難民は300万人をこえ、国軍が始めた徴兵制の下で国外に脱出する若者が急増し、それに対し海外就労禁止令が出され、弾圧が行われている情勢などが語られました。
 在日ロヒンギャ民族のゾーミントゥ氏から「同じ人間として人権が守られ、平和に生きたい」との切実な思い、迫害を受けている実態と支援の要望が語られました。議連としていっそうの緊急人道支援を政府に働きかけていくことを確認しました。
 続いて、先日成立した「経済秘密保護法」の問題点や今後の取り組みについて考える日弁連主催の院内集会に参加。さらに「障害児者の情報コミュニケーション推進に関する議員連盟」総会に参加。
 この間、議連が中心に作成し成立した、読書バリアフリー法、障害者情報アクセスシビリティ・コミュニケ―ション施策推進法に基づく各省の取り組みが報告され、参加した障害者団体の代表から質問や要望が出されました。議連として進めている手話推進法案の検討状況も報告されました。
 衆院では午後、岸田内閣不信任決議案が立憲から出され、わが党から宮本徹議員が賛成討論。自公などの反対で否決されました。来るべき総選挙で国民から不信任を突きつけ、自民党政治を終わりにする以外にありません。
IMG_2654.JPG 熱海市の伊豆学習会館で開かれている民青同盟の第二回中央委員会であいさつ。「戦争する国つくり」についての国会論戦を中心にお話ししました。
 東京に戻り、午後は非核の政府を求める会の第38回全国総会。 核兵器禁止条約が人類社会で「希望の光」を増しているとし、米国いいなりの「戦争国家作り」を終わりにして核の政府の実現を目指す議案を採択。私も発言しました。
JVC.jpgイスラエルのガザ攻撃の即時停止、壊滅的人道状況の改善を――現地でガザ支援に取り組むJVC(日本国際ボランティアセンター)を訪ね、全国で集めた支援募金をお渡しして今井代表らと懇談。
夕方には日本パレスチナ友好議連kの総会で来日中の国連開発計画(UNDP)のダルダリ総裁補と今やるべきことは何か意見交換をしました。
 午前中は子ども子育て支援法改定案の内閣委と厚労委のUNDP.jpg連合審査会。日本共産党からは倉林議員が質問に立ち、政府か財源確保のために医療や介護の改悪を進めていることを質しました。

 午前中の本会議での入管法改定案の質疑で仁比議員が登壇。「むき出しの排外主義を世界に発信することに他ならないのではないか。こんな人権後進国であっていいはずがない」と熱く迫りました。

 午後は参院改革協議会の選挙制度専門委員会。先週の各会派からの意見表明に基づき、自由討議。この間の議論を踏まえ、改革協議会にたいして提出する報告書をすることを確認しました。

 IMG_4896.jpg京都に戻り、府委員会の事務所で堀川あきこ比例候補とともにZOOM企画「経済秘密保護法の危険な本質について」。今国会で次々と成立している戦争する国づくりにつながる法律や条約の危険な内容や国会審議の状況、共闘の展望と課題などについてお話しました。

https://www.youtube.com/watch?v=21cFYyH2cvg

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